探偵助手のおつかい

四坂 藍

前編 探偵がいるから事件が起こるとはよくいうが、それが助手ならばどうか。

「では、行ってまいります。」

「気をつけて。くれぐれも買い忘れがないように。」

「葛切りは何があっても絶対に、でしょう?わかってます。」

そう言って私は事務所を後にする。時刻はちょうど14時。何事もなければ先生のお茶の時間には間に合うだろう。

私、こと岩井千種は現代に残る探偵・砺波溱の助手である。とある事件で初めて会った時から、私は彼を先生と呼び、半ば強引に助手となった。…まあ、出会いや先生の諸々の事件については、また語る機会はあるだろう。とにかく、今は幡野屋にいって和菓子を買わないと。あの人の唯一の欠点は、甘いものに目がいことだ。

「こんにちはー。砺波探偵事務所の千種です。」

「おや、千種ちゃん。今日もいつものお使いかな?」

私を笑顔で出迎えてくれたのは幡野屋の9代目、幡野草介さんだ。もうすぐ70歳になるお爺さんだが、まだまだ現役で餡の仕込みをしている。

「はい。葛切り2つと…今日は上生菓子を買おうと思って。」

「誰かお客さんが来るのかい?」

む、鋭い。草介さんのいう通り、今日は16時から依頼人が事務所に来る予定なのだ。

「そうなんです。この後、依頼人の方がいらっしゃるので。」

「それなら、うちの子たちが作った新作がおすすめだよ。4人それぞれの個性が出ていてね、親の目から見てもなかなかいいと思うんだ…」

そう言って、草介さんが目を細める。彼がお菓子のことでお子さんたちを褒めるのは珍しい。これは期待できそうだ。

「この段の四つだよ。好きなのを選んでおいてね。私はちょっと奥で仕事があるから」

「わかりました」

言われた通り、ガラスケースの中には美しい上生菓子が四つ、並んでいる。

「どれどれ…」

名刺サイズの紙に、平仮名で書かれたお菓子の銘と、考案者の名前が載っている。

「春、ふじなみ、幡野暁音。夏、さるすべり、幡野月臣。秋、ほおずき、幡野萩乃、冬、いてぼし、幡野雪時…」

なるほど、草介さんの言う通り、スタンダードな風物詩を使っていないのが印象的だ。例えば、春は桜をモチーフにした菓子が多いが、暁音さんはあえて藤の花を選んだようだ。確かに、あの人には薄紅色よりも薄紫色の方が似合う。

「うーん、選べないなぁ…四つ全て買おうかな、いや、でもここは季節を考えるべきか…」

どれにしようか私が悩んでいると、奥から怒鳴り声が聞こえた。

「……!!……!…………」

「……………!!!……!」

よく聞き取れない。草介さんの声ともう1人……誰の声だろう。

「うーん、修羅場中に呼ぶのもなんだかなぁ…他に誰かいるかな」

すると、お店の扉が開く音がした。振り向くと幡野家の次男、雪時さんだった。彼は四兄弟の末っ子である。確か、今年で36歳になる、若いけれど腕のいい和菓子職人さんだ。

「あ、雪時さん。こんにちは」

「おお、千種さん、こんにちは。元気そうで何よりだよ。湊も元気にしてるか?」

「相変わらず、甘い物好きの変人でゴキブリ並みの生命力を持ってますよ」

「まあ、そこは多目に見てやってくれよ」

そう言って笑う雪時さんは、何を隠そう、先生の幼馴染みなのだ。よくあんな人と一緒にいて、歪んだ性格にならなかったな…と心底尊敬する。

こんな風に世間話をしていると、奥から長男の月臣さんと次女の萩乃さんも出てきた。

「いらっしゃい!千種ちゃん。雪時もおかえり」

「萩乃さん、月臣さん、こんにちは」

「ただいま、萩姉さん、月兄さん」

萩乃さんは元気な人で、いつも笑顔。月臣さんは寡黙な人だ。

「暁音さんはお留守なんですか?」

私が聞くと、ちょうど奥から長女の暁音さんが出てきた。

「ここにいるわよ。千種ちゃん、今日も妹たちに捕まったのね」

暁音さんは40代のおっとりとした素敵な女性で、四兄弟の長子。風の便りによると、どうやら幡野屋10代目当主内定らしい。

「注文は決まった?砺波くんのお茶の時間に遅れると叱られちゃうわよ」

「そうですね、決まりました。葛切り2つと、皆さんが考案した四季の上生菓子をそれぞれ一つずつ、お願いします」

「あら、買ってくれるのね、嬉しいわ。ええと、葛切りには今の時期だけ、父が作った、桜を模した寒天がつくけれど、入れておく?」

「あ、それもお願いします」

それは嬉しい。あの似非風流先生も気に入りそうだ。

「承りました。少し待ってね、桜の寒天、どこにしまったかしら…萩乃、悪いけど、お父さん呼んできてくれる?」

萩乃さんが快く返事をして、奥に草介さんを呼びに行った。

「ごめんね、千種ちゃん、少し待ってもらえる?」

私が構いません、と言おうとした瞬間、

「キャアーーーーーーーー!!!!」

…!?萩乃さんの悲鳴だ。私が走り出す。3人も後ろからついてくる。

「どうしました…!?」

「お父さんが……頭から血を流して倒れてるの!!」

萩乃さんが指をさす方を見ると、倒れている草介さんがいた。近づいて声をかけながら、脈を測った。

4人のほうを振り返って、私は言う。

「…ダメです。もうお亡くなりになっています」

そして遺体に目を戻す。

「…ん?」

彼は右手に白い色鉛筆、左手の人差し指は卓上カレンダーの「1日」に乗っていた。

救急車と警察が到着するのに、五分とかからなかった。顔見知りの早蕨刑事が担当のようだ。正直言って、かなりやりやすい。…向こうはちょっと不満そうな顔をしているけど。

「…砺波の奴は今日はいないのか」

「はぁ、私はお使いに来ただけなので」

「まぁいい、ざっと現場を見た感じ、外部から侵入した者の痕跡はなかった。おそらくあの4人の誰かが犯人だろうな。…こういうのはお前らの得意分野なんだから、頼りにしてるぞ」

…今日は私頼みか。ご期待に添えますかね…?

「やるだけやります。まず初めにあの4人が犯人と考えられる根拠を教えてください」

私と刑事は草介さんの遺体があった部屋へ移動した。

「まず、死因は撲殺。遺体のそばに筒状の陶器の瓶が落ちていた。…指紋は検出されなかったがな。そして、この部屋についてだが…」

早蕨刑事が言うまでもなく、入口は今、私たちが立っているドアだけだ。

「入口は一つ、窓は長方形の明かり取り用が三つだが、どれも人が通れる形ではない。よって、外部の者がお店の入口から入ろうとすると、菓子を選ぶお前に姿を見られる、と。以上より店の奥を自在に動け、かつ誰にも怪しまれないのは、被害者の家族だけだ。」

…うん、私もそうだろうと思う。あまり考えたくなかったけど。これはこれでしょうがないだろう。

「殺害の動機を持っていそうな人は…?」

「あぁ、それなら4人全員にある。口で言うのも面倒だから、このメモに目を通しておけ。先程、4人から聞いた証言が基になっているし、裏もとってある」

私はメモに目を通した。


被害者家族

妻 : (故)

長女 : 暁音(あかね)48歳。次期店主内定。

【動機】過去に結婚を約束した相手と別れさせられた。その相手は先日亡くなっている。

長男 : 月臣(つきおみ)47歳。

【動機】自分が次期店主になると主張し、被害者と意見が衝突した時期があった。

次女 : 萩乃(はぎの)43歳。

【動機】悪徳商法に騙され多額の借金があり、資金援助を求めるも拒否された。

次男 : 雪時(ゆきとき)36歳。

【動機】海外へ菓子作りの修行に行きたいと被害者に打診、猛反対にあい断念。


「うーん、どれも動機としては微妙ですね」

早蕨刑事がうなずく。やはり手がかりはあの色鉛筆と卓上カレンダーだろう。

「遺体付近にあった二つの物はダイイングメッセージと考えていいと思いますか?」

「あぁ、間違い無いと思う。被害者は殺される直前まで机に向かって、ノートに色鉛筆で新作和菓子の色付けをしていたようだからな」

「その二つ、見せてもらってもいいですか?」

早蕨刑事が鑑識さんを呼ぶ。それから3人で遺体があった場所に近づいた。

「被害者は右手に白い色鉛筆を握っていた。左手の人差し指は卓上カレンダーの『1日』に乗っていたそうだ」

「…そのカレンダー、手に持って見ても?」

鑑識さんが手袋を貸してくれる。お礼を言って受け取り、手に付けてカレンダーをよく見てみる。

「…なぜ今月のカレンダーではないのでしょうか」

カレンダーは乱暴にめくられたようで、シワができている。

「わざわざこの月を選んだみたいだな」

一応、他の月を見た。今月のページを見ると、一つ予定が書いてある。

「『檜山さん古希』…古希って何歳のことでしたっけ」

「数えで70歳のことだ。他にも喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿がある」

あー、そうそう、思い出した。それぞれ70、77、80、88、90、99歳のことだ。…ん?

「!!!」

もう一度、カレンダーを見た。…やっぱり!!

草介さんが開いた月の「1日」は休日。これで今月のカレンダーではだめな理由がわかった。

「早蕨刑事、犯人がわかりました。皆さんをここに集めてください」


後編へ続く

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