第1部 2章 1

「やっと見つけた」


 中央広場の一角を埋める巨大なコロッセオ。

 古代ロマリア時代の皇帝から名前をとりティベリウス円形闘技場と名付けられているこの建物が選定戦予選会の会場だ。


 リザリットが元々辺境の防衛用に建てられた都市ということもあり、この闘技場は都市内部に外敵が侵入した場合を考慮して城塞としても機能するよう設計されているのが大きな特徴になっている。

 中でも、アリーナを囲む三階建ての観客席は同時代のものと比べて外観の美しさよりも機能性が重視され、武骨で堅牢な造りが際立つ。


 今リゼルは観客席の屋根の上にいるのだが、そこは広く平らな通路と化しており、所々にバリスタや投石機を設置する為の台座が設けられている。

 そして目の前では、ミリアとルーファスが闘技場全体を見下ろすように佇んでいた。


「リゼルさん……どうしてここが分かったんですか?」


 こちらを振り返ったミリアは一瞬驚いたように表情を強張らせたが、すぐに楚々とした側仕えの少女の顔を作る。


「ソノラに聞いたのよ、会場の警備をする時はいつもここにいるって」


「そうなんですね」


 そう言ってミリアは黙り混む。

 二人の間に横たわる沈黙が、会場の喧騒をより大きく際立たせた。


「聞いても良い?」


 意を決してリゼルが口を開く。


「私とルーファス様のことですよね? ごめんなさい、騙すようなことをしてしまって」


「別に良いわよ、悪意があったわけじゃないんだから。でも、どうして? あなたの実力なら正体を隠さなくても、冒険者として成功出来たでしょ?」


「変わりたかったんです」


 堰から溢れ出るように、彼女は言葉を漏らした。


「私、子どもの頃から周りの子達と上手く馴染めなくって、ずっと家に籠って本ばかり読んでいたんです」


「どんな本を読んでいたの?」


「冒険小説や騎士道物語です。特に大好きなのがロマリアの建国神話を題材にした“ロマリアとレムリア”で、戦神マルスが姉妹に使わした化身が強くてカッコいいんです!」


「かなり古い本よね?」


「知ってるんですか?」


「うちの商会で取り扱っていたことがあるの。お客さんに渡すもの手に取って読みはしなかったけど、内容は聞いた。確かそのマルスの化身の名前がルーファスだったわよね?」


「はい、ルーファス様の名前はその小説からとったんです」


「さっき、変わりたかったって言ってたわよね」


「はい」


 ミリアは傍らにいる白銀の騎士に視線を移す。


「私はずっとルーファスのような騎士になりたかったんです」


 きっかけは、そんな彼女のささやかな夢を彼女の両親が形にしたことだった。

 鍛治師の母が鍛えた甲冑に人形師の父が手を加えることで生まれた鎧人形は、ミリアが人形遣いとして非凡な才能を受け継いでいたこともあり、瞬く間に“赤雷のルーファス”として名を上げていった。


 その極めつきとなった出来事が二年前近くの鉱山で発生した事故だ。

 採掘中に運悪くポイズンドラゴンの巣を掘り当ててしまい、逃げ遅れた鉱夫が鉱洞内に取り残されてしまったのだ。


 ポイズンドラゴンは唾液や吐息に猛毒が含まれている他、魔物を凶暴化させる瘴気を広範囲に渡り発生させる。その為、集まった冒険者達は凶暴化した魔物の対処で精一杯だった。


「それで一人で竜の巣穴に乗り込んで行ったの!?」


「増援を待っていたら救助が間に合わない状況だったので」


 鎧人形でしかないルーファスに毒が効かないことも味方し、ミリアは見事ポイズンドラゴンを撃破。


 被害を最小限に抑えた功績からルーファスは冒険者の中では実質的最高ランクであるA級に昇格した。

 物言わぬ騎士と可憐な少女の組み合わせが話題を集めたこともあり、その名声は一気に広がった。


「それから町の外からも難しい依頼が入ってきたり、ルーファス様を倒して名を上げようとする人達から勝負を挑まれたりしました。危ない時もありましたけど、ルーファス様と私は一度も負けませんでした」


「だから昨日の事がショックだったんだ」


 ミリアは気まずそうに頷いた。


「自分達が最強だと思えるほど傲慢ではありませんでしたが、最強の座を狙える位の強さはあるって思ってました。でも、昨日あのリクトルの実力を目の当たりにしてそれすら驕りだったと思い知りました。だからあの時、自分がどうしようもなく嫌になったんです」


「ミリア……」


「あ、誤解しないでくださいね。私、ここで終わるつもりは無いですから」


 リゼルの心配そうな表情を見て、ミリアは努めて明るい声を出した。


「今諦めて剣を捨てたら、これまでやってきたことが現実逃避の人形遊びに過ぎなかったことになります。それだけは絶対に嫌ですから」


 彼女なりの強い決意の現れに、リゼルはホッと胸を撫で下ろす。


 その時、観客席から歓声が沸き起こる。

 選定戦予選会。その最初の試合がいよいよ始まろうとしていた。

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