第四章-2

「という訳で、向こうの母親にはサインをもらった」


 僕は母さんに婚姻届を見せた。長い話だったせいで、すっかりと料理が冷めてしまったな。まぁ、仕方がない。メイムはもう泣き止んでいるけど、唐揚げが気に入ったらしい。僕の分が残ってない。ついでに言うと、父さんの分も残ってない。ここに居ると太りそうだなぁ、メイムは。


「店から出た後は梧桐座に戻ってきてもらって。後はメイムの終業式を待ってこっちに帰ってきたという話だ」


 ギロリと母親が睨んできた。圧力がスゲェ……いやいや、睨まないでくださいお母様。あなたの息子は立派な人間に育ってますよ。ネグレクトで苦しむ少女を一人救ったんだ。そう思いません?


「……はぁ~。覚悟はあるの?」


 母の言葉に、僕は頷いた。お腹がいっぱいになったのか、幸せそうな表情だったメイムも、慌てて真面目な顔をして頷く。


「たぶんだけど、私達一家は晒し者にされるわよ。それでもいい?」


 母さんは、次に雪夜に向かって言った。


「それってテレビに出れるって事だよね。スカウトとか来たらどうしよう?」


 相変わらず妹は馬鹿だった。呆れた母さんがデコピンを喰らわせ、雪夜が、なんで、と悲鳴をあげる。


「いいよ、私は別に。お姉ちゃんと妹が同時にできるんだもん。それに、お兄ちゃんのお嫁さんでしょ? 私には何にも関係ないわ」


 意外なところで淡白な雪夜だった。いや、妹にも根源殺しの才能がある訳か。家族なんだから関係ある事だとは思うけど……いずれ妹も嫁入りする事を思えば、関係ないのかもしれないな。口ではこう言っているが、歓迎してくれているのは確かだ。まぁ、妹に反対されたところで懐柔するのは簡単だ。なにせ馬鹿だからな。


「お父さんは?」


 次に母さんは、ソファで気絶している父さんへと聞いた。いやいや、聞いてなかっただろうし、そもそも意識が無いのでは? と思っていたのだが、父さんはムクリと起き上がってきた。


「僕は問題ないよ。うん、さすが僕の息子だ。立派じゃないか」


 そう言って、父さんは笑った。危ない。たった一言の、その言葉で、僕の涙腺が一気に緩んでしまった。

 全部聞いていたのか。気絶したのは演技だったんだろうか。いつもは母さんの影に隠れてのらりくらりと生きている風の父さんだけど、やっぱり父親だなぁと思う。


「メイムさん」

「は、はい!」


 父さんの言葉に、メイムはかしこまって答えた。


「空夜をよろしく頼みます」

「が、がんばります!」


 テーブルに頭突きするかの様な勢いで、メイムは頭をさげた。彼女にとって父親という存在は僕の父さんが初めてだろう。その父親に頼まれたら、何だってしちゃうかもしれないな。

 さて、残るは母さんだ。我が家の最初で最後の砦。影ではなく表から茨扇家を牛耳る女王。はてさて、どんな結果が出るか。


「……正直に言うとね。どんな女が来たところで反対してやるつもりだったわ。何せ二十年近く手塩にかけて育てた息子だからね」


 嘘をつけ。とんでもなく放任主義じゃないか、母さんは。まぁ、勉強に関しては厳しかった気がするけど、他は結構適当だったぞ。


「年上なんか論外だし、同級生も許せない。年下で、まぁいいかなってレベルね。でも、小学生は予想外だわ」


 だろうな。僕もこんな人生になるなんて予想外だ。


「境遇も聞かされちゃったしね。私からは何も言えない。いや、言えるか」


 母さんはニヤリと笑った。


「よくやった我が自慢の息子よ。人間一人を救うなんて、立派な志じゃないか」


 ……許しが出た。あっさりと、こうもあっさりと許しが出るなんて、思っていなかった。馬鹿だろう。息子が小学生の女の子と結婚するなんて言ってるんだぞ。そんなあっさりオーケーを出していいはずがないだろう。


「やったー!」


 バンザイをするメイム。雪夜もあそれに合わせてバンザイをした。父さんが立ち上がり冷蔵庫からビールを取り出す。一本を母さんに、もう一本は自分で。僕の分は無い。まだ未成年だ。代わりにジュースを注がれた。

 え? なに? 乾杯?


「かんぱ~い」


 カツンとグラスが鳴る。いやいやいやいや、なんだこの家族。おかしいんじゃない? もうちょっと話し合おうよ。もうちょっと言う事あるだろう。こんなもん? 結婚ってこんなもん?


「空夜さん?」

「ん?」


 メイムに呼ばれて僕は彼女へと向き直る。


「泣かないで下さい。私の為に泣くなんて、もったいないです」


 そう言って、メイムが僕の涙をぬぐう。彼女はハンカチなんか持って無いから、袖口だ。僕は泣いていた。きっと父さんの言葉で涙腺が緩んでいたからだ。きっと、家族が余りにも馬鹿だからだ。

 きっと、これで、メイムが幸せになると思ったからだ。

 まだまだ先の長い人生だけど、これでメイムが幸せになれると思ったから。

 僕は涙を流したんだと思う。

 そうじゃなければ、心の汗という事にしておいてくれ。やっぱり、男としては、涙を流す姿は余り見せたくない。

 でも……まぁ、いいんだけどね。

 だって嬉しいんだから。

 幸せなんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る