第一章-4

 梧桐座と共に、近所のファミレスに到着したのは、もうすっかり暗くなった午後七時ぐらいだった。ファミリーレストランという名称の割には家族連れの姿は少なく、学生ばかりのファミレスだ。大学の近くだから仕方がないだろう。

 アルバイト店員に二名と伝え、席に案内される。僕はドリアを、梧桐座はパスタを注文して、一息ついた。ドリンクバーは贅沢品だ。仕送りで生きている僕達に許された飲み物ではない。

 チラリチラリと客である学生達の視線が僕に刺さっている気がする。まぁ、あれだけの騒ぎになったのだ。もう大学で僕の事を知らない人はいないのかもしれない。せめて尾鰭と背鰭が付いて自由に泳ぎださない事を祈るばかりだ。


「すっかり有名人やの」

「もっと名誉ある名声が欲しかったよ」


 僕の言葉に梧桐座がケラケラと笑う。楽天家だなぁ、まったく。

 しばらくするとドリアとパスタがきたので、僕達はようやく夕飯にありつけた。


「んで、死神ってなんや?」

「死神かどうかは分からないけど、幽霊か妖怪かUMAみたいなのを見たんだ。ちょうど電話がかかってくる前」

「マジで?」

「マジで」


 僕はその時の情報を詳しく梧桐座に話す。まぁ、暗かったせいもあるし、ほとんど髪の毛の塊が公園を横切ったとしか説明しようがないんだけど。


「それ、ただのロングヘアーの姉ちゃんやないの?」

「少なくとも姉ちゃんじゃないよ。大きさはこれくらいだった」


 僕は手を水平にして腰より少し上を示す。


「……じゃぁ、子供か?」

「かもしれないけど、何ていうか……硬そうな髪の毛だった。子供の髪の毛ってなんかふんわりしてない?」

「そうなんか? 俺は兄弟がおらへんから知らんけど」

「僕の妹の髪なんかは、柔らかい感じだったな。目撃した死神のは、なんかゴワゴワな感じ。ドレッドヘアーストレート版といえば分かるか?」

「浮浪者ちゃうんか? あぁ、でもこの辺にはおらんよな~」


 浮浪者の数は増えているらしい。人口が少なくなるという事は、同時に消費も少なくなるという事だ。毎年、就職難や失業率の話題には事欠かない。日本のお先は真っ暗なのは、今も昔も変わらない。なのに平和なフリを続けている。


「つくづく愚かなだよな、日本人」

「それがミヤビなんやろ」


 僕は肩を竦めるしかない。まぁ、学生の社会批判なんてものは、誰もが通る道だ。この場合は民族批判だが、見逃して欲しい。大学生が日本と政治家を馬鹿にし、明日の我が身を憂うのは誰もが通る道なのだ。


「ふ~ん、でも面白そうやな」

「何が?」

「死神か妖怪か幽霊かUMA」

「興味はマンガとアニメだけじゃなかったのかよ」


 梧桐座は、中学の同級生に黒魔術師がおってな~、とケラケラと笑った。恐ろしいクラスメイトがいたものだ。残念ながら、僕にはそんな稀有なクラスメイトがいない。


「オカルトも大好きやで。一人で見る勇気はないけどな」

「ヘタレじゃねーか」

「君子危うきに近寄らずや。こういう話しとったら寄ってくるって言うやん。すでに茨扇に死神か何かがおるんやったら、もうビビる必要もないしな」


 梧桐座がどっか潜んどるんちゃうか、とキョロキョロと見渡す。僕も釣られて周りを見るが、僕の噂をしている学生達と目が合うだけだった。非常に気まずい。見なければ良かった。


「よっしゃ、明日おんなじ時間に見に行かへんか?」

「はぁ? 君子危うきに近寄らずじゃないのかよ」

「暇潰しと気晴らしや。どうせやる事もなくなったし、丁度ええやん」


 確かに僕と梧桐座は、講義終わりにやる事がなくなっていた。お互いにバイトはしてない。大学生と言えばバイトに明け暮れているイメージを持っていたが、実際に成ってみるとバイトよりサークル活動の方が楽しかった訳だ。欲しい物も全然無いし。マンガと小説が買えればそれで良かったし、節約して生きれば、こうやってファミレスにだって行く事が出来る。

 社会経験が~とか言われれば、それもそうなのだが、実は高校時代にバイトはやっている。近所のスーパーの品出しという面白みの無いバイト。初日に、メモ帳を持ってくるのは常識だろうが、と怒られてかなりヘコんだ。知らなかったですよ、そんな常識。誰も教えてくれなかったしね。という訳で、社会経験を得る為にわざわざバイトをする必要がない。もう働くとはどういう事か知っているしね。今は、人生の夏休みを多いに堪能している真っ最中だ。


「まぁ、いいか。それこそ気晴らしになるしな」

「OKOK。ほんなら、明日の夕方に。電話した時間ぐらいか?」


 おう、と応えて僕はドリアを口に運ぶ。チーズの濃い味が美味しく、自分の安っぽい舌が満足してくれて、何となく幸せな気分になれた。食事は偉大だなぁ。

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