第14話 過去編⑦:浅影透夜

 真衣さんは詩央里さんを家まで送って帰ってきた。

 これで一件落着かなと思っていたのに、帰ってくるなり予想外の発言が飛んできた。いつも通りの優しい笑顔に優しい口調で。

「詩央里ちゃん、明日も家に来るからね」


「……どして?」 

 真衣さんは、んーと考える素振りをして口を開く。


「色々あって、私が勉強教えてあげることになったの」

 一体、なにがあったのだろうか。あの後、二人がそんなに仲良くなっていたなんて……。悪い意味ではないけど、詩央里さんは人に興味があるようなタイプだとは思っていなかったから意外だ。


「なるほど」

「仲良くしてあげてね?」

「……はい」

 仲良く……か。詩央里さんは俺のことをどう思っているかわからないけど、おばあちゃんはよく人との繋がりは大切にしなさいって言うしな。

 せっかくの機会だ。気になることもあるし、仲良くなれるといいな……。


 

 ――そんなことを考えてから数日。

 どうしてこうなった……。

 目の前の光景は普段と変わらぬ我が家の朝食の食卓。

 夏休みになってから俺が起きる時間が遅いから、真衣さんと二人で食べていたのに食卓には三人分が用意されてある。


 そして、三人分の席にはあろうことか詩央里さんが座っていた。

「おはようございます」

「おはよう。 透夜君」

 とりあえず挨拶してみたけど、とりあえずなんかで挨拶をしてしまったことを後悔するほどの笑顔が返ってきた。

「真衣さんもおはよう」

「おはよう。 今日は詩央里ちゃんも食べるからね」

「ごめんね? 透夜君」

「いやいや、全然ですよ」

 我ながらなにが全然なのか知らないが、詩央里さんがいるこの光景を見れるとは。



「ごちそうさまでした」

「透夜君は今日はなにするの?」

「……今日は幸太っていう友達と遊ぶ約束してます」

 詩央里さんからの意外な問いかけに戸惑いながらも返答した。

 普段は真衣さんの部屋で勉強しているから、挨拶程度の会話しかしていないし、まだあまり距離感がつかめないのが本音だ。


「それ、私も一緒に行ったら迷惑かな?」

「全然迷惑じゃないですけど……勉強はいいんですか?」

 さっき以上の意外な問いかけが飛んできたけど、迷惑ではないのは本音だし、距離感がつかめないとはいえこれをきっかけに仲良くなれるいい機会だ。


「詩央里ちゃんは頑張ってるし、今日ぐらい行ってきてもいいんじゃない?」

「そういうことでいいかな? 透夜君」

「もちろんです」


 

「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 真衣さんにあいさつをすませ、いつも通り幸太との集合場所である川に行くのだけれど、隣には詩央里さんがいる。

 蝉が鳴く田舎道も一人で通るよりも、暑さが気にならない。


「暑いね。また倒れないように気を付けないと」

「そうですね。まぁ実は俺も詩央里さんが倒れる前日に倒れてるんですよね」

「ふふっ。お揃いだね」

 なんだろうか。この気持ちは。

 詩央里さんと出会ったときを思い出してしまう。こんなにも綺麗な笑顔なのにあの時の表情は思い詰めていた。

 自分から聞くことはできないけど、仲良くなればいつか話してくれるかな。


「詩央里さん。俺と友達になってください」

 言ってから自分が突拍子もないことを言ってしまったことに気づいた。

 詩央里さんは一瞬、固まったけれどすぐに微笑みながら返答してくれた。

「すごい急だね。友達になるってことは透夜君も敬語を外さないとね」

 ため口=友達なのか? まぁまずは一歩進めたことだしいいか。

「分かったよ……これでいい?詩央里さん」

「うん! よくできました」

 今までで一番明るい詩央里さんが見ることができた。

 これがこの夏休みの一番の収穫といってもいいだろう。




 詩央里と友達になってから半月ぐらいが経った。

 八月中旬。夏休みも残り半分といったところで、変わったことは詩央里との仲が深まったことだ。


 幸太を含めて三人で遊んだり、出会ったときよりもおそらく素に近い態度で接してくれるようになった。

 なにが変わったかというと笑顔が増えた。何を考えているかわからないような雰囲気だったけれど、今は感情表現が豊かで人が変わったようだ。


 そしてもう一つは、呼び名だ。

 詩央里とは年が二つしか変わらないし、さんを外すように言われたのだ。未だに年上を呼び捨てにするのは少しだけ違和感があるけれど、本人の希望だしな。


 何はともあれ明るくなってくれた分にはいいことだ。

 幸太にも数週間でこんなにも変わることがあるのか聞いてみたけど、

「人は五年で正確が変わるらしいからね。それだよそれ」

 とかいう、適当な返答で終わってしまった。

 


 このまま夏休みが楽しく過ごせればいいなとか考えていたある日。

「みんなで夏祭りにいこうよ!」

 宿題を終わらせるために家に来ていた幸太が突然言い出した。

 隣にいる詩央里も分かりやすいほどの愛想笑いを浮かべている。


「俺は行けるけど、詩央里は?」

「な、夏祭りだから夜だよね?」

「そりゃあもちろん夜だろ」


 前から気になっていたことではあるけど、真衣さんに勉強を教えにもらいに来ているときも、遊びに行くときも必ず夕方には帰ってしまう。

 倒れたときも時間を気にしていたし、絶対に帰らないといけない理由があるのだろうか?


「そうだよね……もしかしたら行けないかもだけど確認してみるね?」

 幸太はそっかぁと残念そうに呟いた。

「日にちはいつなんだ?」

「8月20日だね。あと三日後だよ。透夜は来るでしょ?」

「そうだなぁ。みんなが行くならいくよ」

「もし私が行けなくても、気にせず二人で行ってきてね?」

 残念そうな詩央里を見ていると、連れて行きたいけど家の事情とかだったら口を出すことができないしなぁ。そもそも家の事情とかそういうことは一切聞いたことがないけれど。

 

 その後は、特に何事もなく解散したけれど変わったことといえば、帰り際におばあちゃんに呼び出されていたことだ。おばあちゃんから呼び出されるなんて相当珍しい。ましてやあまり関わりのない詩央里だ。

 一体、何をやらかしたのだろうか……。

 話の内容も分からないし、説教とかじゃなければいいけど。

 

 まぁ気にしてもしょうがないか。とにかく今日は寝よう。

 夏祭りもあと三日後に控えてるし、今を楽しむとしよう。



 

 



 

 

 

 



 


 

 

 

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