お嬢様はかく語りき〜半裸の女は生き埋めをする〜

まぁち

お嬢様は遊びを知らない


 生粋のお嬢様である祭囃子まつりばやし美心みこ波美浜なみはま中学三年一組へ転校してきてから三ヶ月。

 そんな彼女の話し相手に俺が選ばれてから二ヶ月ほど。

 それくらいにもなると、ちょっとは彼女の性質というものが分かってくるものである。


 彼女は上品で、浮世離れしていて、


「松下君。私、さっき人殺しを見たわ」


 よく〝事件〟を引き連れてやってくる不思議な少女だ。


「え?」

「人殺しよ。さっき見てきたの」

「は、はあ」

「何よその気の抜けた返事は」


 僕の薄い反応が気に入らなかったのか、祭囃子さんはその整った顔を不満げに歪めた。


「いや、夏休みにクラスメイトが家にやって来て開口一番人殺しがどうとか言ってきたら誰でもこうなるよ」

「名探偵の血が騒ぐでしょ?」

「いや、だから」

「ともかく家に上げてもらえる?こうも暑いと落ち着いて話も出来ないわ」


 いい?と断る事を許さない眼光で見つめてくる祭囃子さん。

 当然僕に断る選択肢など無く、中へお通しする事に。


「ええと、今冷房つけてるの僕の部屋だけなんだけどリビングで大丈夫?」

「どんなに狭かろうが文句を言うつもりは無いから、松下君の部屋に通して。暑いわ」


 顔に滲む汗をラベンダーの匂いのするハンカチで上品に拭きつつ、承諾。

 うーむ、女の子が男の子の部屋に入るって大丈夫なのだろうか。しかも今日は両親共々お出かけ中だから家には二人きりだ。

 しかし祭囃子さんはそんな事全く気にしていないみたいで、ためらい無く二階の僕の部屋へ。


「…………」

「あの、入った途端「うわ狭……」って顔しないでもらえる?文句言われるよりも嫌なんだけど」

「狭いわね。ここは排気口か何か?」

「あのねぇ……」


 酷い言いようだった。

 まあこういう性悪お嬢様言動はいつもの事なのであまり気にせず、一旦リビングへ戻り、冷たい麦茶をコップに注いで再び部屋へ。

 お茶を真ん中に置かれた丸机の上に置き、床に座って向かい合う。


「で、殺人現場を見たって?」

「ええ、とても奇妙な殺人現場だったわ。興味あるでしょう?」

「まあ、有る無しで訊かれたら有るけど」

「さすが名探偵」

「いや、僕そういうんじゃないし」


 ほんとそういうのじゃない。僕は至って普通の男子中学生だ。


「謙遜しなくてもいいわ。まあ、それが日本人の美徳ではあるのだけど」


 祭囃子さんはそう薄く笑って流れるような所作でお茶を喉へと流し、


「ここへ向かう道中、女性が男性を生き埋めにしていたのを見かけたわ」


 まるでティータイムに天気の話題でも出すかのような気軽さで、言った。


「それは……中々人生では見かける事が無いだろうね」

「ええ。思わずここへ駆けてきて汗をかいてしまうほどには強烈だった」


 要は怖くてダッシュで逃げてきたという事だろうか。

 言ったら怒られそうなので黙っておく。


「笑いながら、愉しそうに彼女は男性を埋めていた。愉しくて仕方がないとでも言うように、ね」

「………………………」


 それはとても恐ろしい狂気の光景だろう。

 走って逃げてしまうのも頷けるというものだ。


「しかもその女性、ほとんど裸同然の格好をしていたのよ」

「え」

「……今いやらしい想像した?」

「してません」


 なんて不名誉なレッテルを貼ろうとするのだろうこのお嬢様は。


「ふぅん」

「……ゴホン、で、そのおっぱ…………女性はどうしてそんな状態に?」

「分からないわ。ただ……」

「ただ?」

「もっと奇妙な事に、それに対して周囲の人たちは何も言わなかったのよ」


 間を開けて勿体つけて言われた言葉。

 それに僕は引っかかるところがあって、首を捻った。


「う……ん?周囲の、人たち?」

「ええ。どう思う名探偵さん」


 またわざとらしく名探偵呼び。

 いや、僕は祭囃子さんが持ってくる事件――を訂正させてきただけであって名探偵でもなんでも無いんだってば。


 そして、


「んー……と、待って、その現場ってどこなの?」

「海辺よ」

「海辺……。海辺の……砂浜?」

「ええ」


 多分、というか確実に今回もその類のものだった。


「……あの……もしかして周囲の女の人も同じような格好してた?」

「さすが名探偵、そんな事が分かるのね」

「いや、うん。なんていうか……うん」

「何よ」


 僕の呆れが態度に出たのに目敏く気付いた祭囃子さんは僕を不満げに見た。

 僕は一息吐いて、


「それアレだね。多分砂浜で遊んでただけだね」

「……は?」

「海でカップルがイチャついてただけだね。彼女が彼氏を砂で埋めてキャッキャしてただけだね」

「……何を言っているの?」


 目を点にして首を傾げる箱入りお嬢様。


「祭囃子お嬢様」

「何よ」

「つかぬ事お訊き致しますけど、水着ってご存知?」

「はあ?当然知ってるけれど」

「じゃあこれは?」


 僕はスマホで水着と検索し、ビキニ姿の女性の画像を見せた。


「……下着ね」

「水着です」

「は?あなた下着と水着の区別もつかないの?」

「そのセリフそのままそっくり返すよ」

「…………」

「…………」


 見つめ合う僕と祭囃子さん。


「あのね。これはビキニという水着の一種なんだよ」

「……私を騙そうとするならもっとマシな嘘を考えなさい」

「逆に何が水着だと思ってるの?」

「学校の授業で着てるじゃない」

「なるほどスク水」

「すくみず?」

「あー、そっかー、通じないかー」

「え、何よ。水着ってオリンピック用とそうじゃないのの二種類しか無いでしょ?」


 凄い分け方するなぁ。

 もうこの際なぜにそこまで知識の偏りがあるんだとか野暮な事は言わない。だって言うだけ無駄だし。


「じゃあスマホで調べてみて」

「私のスマホは調べもの出来ないわ」


 そうだったこの人のスマホお子様仕様だった。

 過保護な父に情報規制をされ過ぎて育った超箱入り娘。それがこの少女、祭囃子美心である。

 だからこそこういうとんでもない勘違いを起こすし、それを憂いた彼女の母が無理矢理普通の中学校に転入させて俗世の物事を経験させようとしているのである。


「あのですね、お嬢様が見た光景を簡潔に説明しますとね、海で水着を着たカップルが砂で相手を埋めて遊んでキャッキャウフフしてた……って事なんです」

「人を埋めて遊ぶなんて野蛮極まりない文化が日本にあるはずないでしょ。未開の土人じゃあるまいし」


 酷い言いようだった。


「あるんですよー。結構メジャーな遊びなんですよー」

「あなたね、私がちょっと世俗に疎いからって馬鹿にしないで」

「馬鹿にしてないよ」

「ならあなたを埋めても文句言わないわけ?」

「まー、うん」

「……なら、証明して貰おうじゃないの」

「え?」


 さっきからずっと手に持っていたチケットのようなものをぐしゃりと握り潰し、


「私と一緒に海に行きましょう」

「え、今から?」


 とんでもなく急な話だ。


「水着は下に着てあるわ」

「準備良っ!?」


 それから僕は祭囃子さんに強引に連れ出され、砂に埋められたり砂のアートを作ったり泳いだりして遊んだ。

 祭囃子さんは難しい顔をしながら周囲で砂に埋められた人達を眺め、「理解しがたいわ」とかなんとか言っていたけど、最終的に楽しくなったのか笑顔を見せていた。



 #



 ……うーむ、しかし、一つだけ謎が残ったな。

 生き埋め現場(笑)を見つける前から僕の家に向かってたみたいな言い草だったけど、元々は何しにきたのかな。




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