第2話 喫茶店

 「ここはレモンティーが美味しいんですよ」

 やたらお洒落な喫茶店に連れてかれて、席に案内されて腰を下ろすや否や、イケメン君はそう言った。そこで洋一は自信が犯していたとんでもない間違いに気付く。――このイケメン君は洋一が待ち合わせしていたネッ友ではない。

「レモンティー好きなんですよね?」

 イケメン君はメニューを洋一に見せながら聞く。正直に言うと好きでも嫌いでもない。そんなどうでもいいレモンティーの話よりも、洋一は何故こんな人違いが起こり得たのかを考えたかった。

 ゲームの食べ物の回復力の話ならまだ分かるが、リアルのレモンティーの話なんかをネッ友となんてするわけがない。平然とレモンティートークを始めようとするイケメン君を見て、そりゃあのネッ友がこんなイケメンなわけないよなと失礼なことを考える。

「あれ? リンゴさんってレモンティーが好きなんじゃなかったですっけ?」

 リンゴって名前でレモンティーが好きなのかよ。大人しくレモンって名前にしておけよ。

 やはりツッコミは心の中でだけそっと行う。ネッ友じゃないと言うことは、本当の本当に初めましての会話だ。イケメン君につられて洋一も敬語で話してしまったことを恥ずかしいと思ったが、それが正解だった。

 何も答えないとそのままずっと質問攻めされていつか破綻しそうなので、洋一は適当に相槌を打って、話を逸らすことにした。

「あ、いや……レモンティーは最近飲みすぎちゃって。今日は違うのにしようかな、と」

 本当はレモンティーを美味しいと思えないだけだ。

「えっ、そうなんですね。以前、レモンティーが好きだと言っていたのでレモンティーの美味しさでお店決めちゃいました……」

 さっきのせっかちを隠しもしない、洋一のことなんてどうでも良いような態度はどこへ行ったのか。イケメン君は急にしょげてしまった。

 慌てて、「いや、伝えなかった俺が悪いんで。……わざわざお店選んでいただいたのにすみません」と、フォローした。いや、なんでフォローなんかしなきゃならないのだ。意味が分からないが、してしまったものはどうしようもない。

「あの、他にオススメとかあります?」

 どうにでもなれと思いながら聞く。今日は本当ならネッ友と会ってゲームの話で盛り上がって――気なんか遣わなくて良かったのに、何故かこんな不似合いなお洒落な店でイケメン君を気遣っている。

「あ、ピーチティーも美味しいですよ!」

「じゃあそれにします」

「注文しますね」

 イケメン君は俺が答えると速攻、「すみません――」と店員を呼び止め洋一の分までささっと注文した。何を急いでいるのだろう。

「……この後ってすぐに何か予定入っているんですか?」

「いや? 何もないですよ?」

 なんでそんなことを聞くのか分からないといった顔でイケメン君は答えた。なるほど、こいつはただのせっかちだ。しかも自覚なし。

 そんな噂は聞いていなかった。よく聞くのはいろんな女性を取っ替え引っ替え楽しそうって噂だ。

「そう言えばリンゴさんって男性だったんですね。可愛らしい名前なので女性かと思っていました」

 確かに。

 いや〈確かに〉じゃないんだが――。洋一は偽物なわけだから本物が女性の可能性は充分あり得る。これをどうやって切り抜けようか。

「……似合わないですよね。すみません、勘違いさせて」

「いや、そんなことないですよ。可愛らしい雰囲気でリンゴって感じありますよ」

 それフォローになっているか?

 洋一がリンゴさん本人であれば良いフォローなのかもしれない。洋一がリンゴさんとは別人だからピンと来なかっただけかもしれない。

 ピンとする代わりにちょっとピキッとしたのも、洋一に対しては良いフォローじゃなかったから仕方がない。――洋一は平均以下の背丈を今更毎日牛乳を飲む程度には気にしていたので、チビに関連しそうなワードには敏感だ。

 屈辱的だったが、話を合わせないと人違いであることがバレしまうので、「……ありがとうございます」と言った。

 そこでふっと思った。

 あれ? そもそもなんでリンゴさんに成り代わっているんだっけ?

 初めは本当に人違いに気付かなかったから。その次はおかしいと思ったけど、せっかちなイケメン君が怖かったから? 完全に気付いてからは何故?

 完全に気付いたタイミングですぐに言い出せば良かったことに気付く。なんかよく分からない言い訳じみた理由で先延ばしにして、意味不明な嘘まで吐いて、自分は今いったい何をしているのか。冷静になってみて自分の行動の異常さに驚いた。

 今の言い訳はなんだろう。リンゴさんを騙ってしまった以上、後に引けない……とか?

 そもそも言い訳ってなんだ。なんで自分を騙し誤魔化してまでイケメン君を騙さなければならないのか。

「どうかしましたか?」

 何か顔に出ていたのだろうか。そう話しかけられて慌てて無表情を意識的に作る。

「何か困ったことでもありました? お財布忘れたとか……あ、リンゴさんにこの後予定があるんですか?」

「いや、そういう訳ではないんですけど」

 実はそうなんですって言えば早めの解散が望めたし、そしたら偽物だってバレないで終われたかもしれない。……まあそれが出来たら最初から人違いだって言い出している。もう認めるしかないのだ。

 洋一はこのイケメン君に一目惚れしていた。

 〈学校で何回も見かけているのに今更一目惚れとは?〉って感じだが、ちゃんとイケメン君の顔を見たのは今日が本当の本当に初めてだった。

 目がそこそこ悪いのに抗議中以外は眼鏡をつけていないから、友人以外の顔はぼんやりしていてうろ覚え。初めて近くで見たイケメン君があまりにも美しかったから、面食いな洋一はいとも簡単に恋に落ちてしまったのだ。

 認めたことでさらにまた一段階冷静になる。

 さて、この状況をどうしようか。そう考えたところでナイスタイミング――店員が紅茶を運んで来た。

「失礼いたします」

 そう言って割って入って来た店員によって話は一回保留される。店員が戻っていくまでに策を練らなければ。

 洋一はピーチティーのグラスの水滴を見ながら答えを探した。

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幸か不幸か掛け違い ---わた雲--- @---watagumo---

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