第8話 エピローグ 依頼完了!

 気を張り続け、体力の消耗も大きかったのか。少しだけ顔に赤みが差しているのは、軽く熱も出ているのだろう。倒れたあとのミラリアは少しだけ辛そうにしながらも、リュウカの腕の中ですうすうと寝息を立てていた。


 オルガーの用意した空き部屋へと案内され、ゆっくりとミラリアをベッドに寝かせた。


「部屋の中のものは、自由に使っていただいて構いません。とはいっても、殺風景な部屋で最低限の物しか置いておりませんが……」


「休む場所を貸していただけるだけでも感謝してます。ありがとう」


 それほど長居をするつもりもなく、朝まで体を休めることができるのなら十分。そう伝えて、リュウカは丁寧に礼を言った。


「それでは、リュウカさんのお部屋はこちらに――」

「あぁ、大丈夫です。僕は朝まで彼女の看病をするので」


 朝までとは言っても、仮眠を取る場所ぐらいは必要なのでは? 部屋にはベッドが一つと、机と椅子が用意されているのみ。流石に床や座って寝させるわけにもいかないと、オルガーが言うのだが――リュウカはそれでも『お構いなく』と小さく微笑む。


「僕は……眠らなくても平気な体質なので。お気遣い、ありがとうございます」


 人間やドワーフなどの他の人族と違い、睡眠をとらなくとも朝日が昇る時間になれば体力が回復するのがメリアだ。


 “眠る必要が無い”ということは、“それだけ活動できる時間が増える”ということである。昼夜問わず本の海を漂うこともできれば、自己の鍛錬に励むことだってできる。たった二年で一般成人並みに成長できたのも、この能力があればこそ。


「できれば、水の入った桶と汗を拭くための布を借りてもいいですか?」

「わかりました。すぐにお持ちしましょう」


 寝ることで多少は体力を取り戻すかもしれないが、消耗した体というのは発熱を起こしたりと油断ならない。マナが切れてしまった以上、リュウカができることといえば、寝汗拭いたり頭を冷やしてやることぐらいだった。






 夜のとばりが下り――月明りだけが部屋の中を照らしている。


 数時間おきにミラリアの額にのせた布を交換してやるリュウカ。その合間合間に手持無沙汰になるので、ぼんやりと外を眺めたり、眠るミラリアの表情を観察したり。


 ――その寝顔は、ほとんど子供のようで。

 ゴブリン相手に剣を振るっていたとは思えないほど、無垢な表情だった。


「……僕の方が年下なんだけどなぁ」


 幼少期の成長の速度が周囲の子たちとは段違いだったために、一人別の場所で育てられていたこと。周囲にいた大人たちは、みんな敬虔な信徒でしっかりしていたこと。そういった経験から、ここまで自由奔放な人と長く接するのは初めてだった。


 ギルドに登録するときも、依頼に行くときも強引で。

 そして今になっても、心の中がかき乱される。


(ここまで他人に振り回されること、あったかな……)


『ティダンの神官プリーストにとって一番大切なのは、力でも知恵でもない。“誰かを助けたい”という心なのだよ』と司祭さまから教えられた。


 これも一つの試練、といってもいいのだろうかと悩む。


 親もおらず、他者との繋がりも殆ど持っていない。これから先の冒険者としての生活では、様々な人とやり取りを交わすことがある。神官として大切なものを、“心”を見つける修行なのだと、割り切った気持ちで教会を出てここにいる。


「少なくとも僕は……ミラリアの手助けをしたいと思っている」


 ミラリアが他人とは違う存在なのか。

 リュウカが彼女を特別視するようになったのか。


 どちらにしても、これからも二人で冒険者として活動することには変わりない。続けて行きついた先には、きっと自分にとってかけがえのないものが得られる。そういう予感がリュウカにはあった。


「僕はどれだけの間、君と歩き続けられるのかな」


 窓から降り注ぐ月明りを浴びて、リュウカの頭部に咲いた白い花が、夜闇が溶けて染み込んだかのように青く輝いていた。






 オルガーに礼を言い、アゼルの街へと戻ったミラリアとリュウカ。


「ほ、本当に大丈夫なのだわ……?」

「目的のゴブリン退治はできたんだから、そこまで心配することもないと思うけど」


 一仕事を終えたものの――振り返ってみれば、とても完璧とは言えなかった仕事ぶり。快く送り出してはもらったが、『きっと苦情が届いてるのだわ……。アタシ、ボロボロだったもの……!』とミラリアは心配な様子。


 リュウカに背中を押され、意を決してギルド《栄光の架け橋亭》の扉を開くと――


「お二人ともお疲れさまでした! 依頼人からの感謝の言葉が、さっそくこちらまで届いて来ましたよ!」


 ミラリアたちが戻ってくるのを確認するなり、マルコがカウンターから飛び出してくる。身構える暇もなく、マルコは開口一番の労いの言葉と、とてもにこやかな笑顔で二人を出迎えたのだった。

 

「ほらね」

「よ、よかったのだわ……」


「……どうかしました?」


 ほっと胸を撫でおろすミラリアに、マルコは不思議そうな顔をするも、『気にしないでください』とリュウカ。――気を取り直して、マルコが改めて依頼の達成報酬を手渡す。


「これは依頼達成の報酬です! ミラリアさん、リュウカさん! ギルド《栄光の架け橋亭》の一員として、これからの活躍を期待しています!」


 渡された500ガメルが、二人の手のひらの上でキラキラと輝いていた。

 二人で稼いだ初めての賃金。その価値は、金額以上のもので。

 達成感と感動もひとしおである。


「やったのだわ!!」


 まるでお小遣いをもらった子供のように、目元を緩めて満面の笑みを浮かべるミラリア。その瞳は、まるで至高の宝石を前にしたかのように輝いていた。


 依頼の途中で得た戦利品の分のガメルも受け取り、それなりの金額を手にした今。今度はそれをどう使うかという問題が残る。貯金なんてことをする余裕なんて二人にはない。


「今回の依頼では、思わぬ深手を負ったんだ。最優先で装備を整えるべきじゃないかな。例えば……金属鎧を買うとかさ」

「もちろんなのだわ! リュウカに心配をかけるわけにはいかないものね!」


「金属鎧ですか! 良いですね。これからの戦いも、安定すると思いますよ」


 わざわざ街の防具屋まで行かずとも、一般に流通しているものならギルドの方から注文することもできるようで。金属鎧ならば、だいたいこのあたり、とマルコは様々な種類の鎧を二人へ提示する。


 スプリントアーマー。チェインメイル。プレートアーマー。ラメラーアーマー。コートオブプレートと、これでもかと並ぶ鎧の数々。


「買い取ってもらった戦利品分と、さっき貰った報酬を合わせて735ガメル……」


 装備なんて、値段が高ければ高いほど良いもの。スプリントアーマーも十分に頼もしい性能をしているが、本心ではチェインメイル(760ガメル)に目移りしてしまうミラリア。


(……あと25ガメルあれば買えるんだけどなー)


 そんな念派を飛ばしながら、ちらりとリュウカの顔を見る。


「何を言ってるんだ」

「や、やっぱり駄目なのだわ……?」


 報酬はきっちり二人で分配。お金の貸し借りなんてこと、厳しいリュウカが許してはくれないか、と諦めかけたミラリアだったが――


「僕の分を合わせれば1290ガメル――プレートアーマーが買えるじゃないか」


 リュウカが指したのは、全身を金属の板で覆える鎧だった。一般的な騎士がよく使っており、防御における信頼度は高い。値段は張るが、新米の冒険者が装備するには十分過ぎるほど。


「え、でも……いいのだわ?」

「昨日に貰ったプレゼントのお礼ということで、どうかな」


 貰った魔晶石はミラリアを助けるために使ったが、そんなことは細かい問題ではない。リュウカからすれば、これぐらいの投資は安いものだった。


 ミラリアが前線に立って戦い続けるというのなら、彼女の装備を優先させるのは当然のこと。二人は一蓮托生、共に戦い続けると約束したのだから。


「それでは、プレートアーマーを購入でよろしいですか?」


「はい、よろしくお願いするよ」

「大奮発なのだわっ!!」






「――お二人は今後、このギルドで寝泊まりするということでしたし、部屋も用意しておきましたので案内しますね」


《栄光の架け橋亭》は小さいながらも、それなりの年期のあるギルドだった。一階のカウンターも酒場を兼ねたラウンジも充実しており、二階には所属冒険者のための部屋も幾つか用意されている。ちょうど飽きがあったということで、二人も利用させてもらうようになっていた。


「初めての依頼でしたが、たった二人でのゴブリン三体は大仕事でしたね。蛮族としては低級といっても、これで命を落としてしまう冒険者も珍しくはありません。そんな中で、ちゃんと完遂できたということは素晴らしい成果ですよ」


 これでようやく冒険者の入り口に立てたということ。

 たかだかゴブリン、されどゴブリン。

 どんな依頼でも、油断できないということは、今回で思い知った二人。


「もちろん僕は、お二人ならきっとこなせると信じていましたよ! このまま依頼を片付けていけば、将来は第一線で活躍できる冒険者になることでしょう!」


「そ、そう……? 嬉しいのだわ!」


 それでも、褒められたら誰だって嬉しいもので。ミラリアは二階への階段を上がりきったところで、『えへへ……』と照れる様子を見せていた。


「ミラリアがとても頑張ってくれましたから」

「リュウカがいなければ、どうなってたか分からなかったのだわ!」


「まさにお二人の協力の成果ということですね!」


 とてもお似合いのコンビですよ、とマルコが褒めると――


「なんたって、アタシたちは運命の糸で結ばれた二人だもの! どんな依頼だって、どんとこいなのだわ!」


 ――と、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。

 ただ、傷がまだ疼くようで、ときたま顔をしかめるミラリア。


「あいててて……」

「まだ完全には治ってないのだから、そうやって調子に乗ると傷が開くよ」


「そ、そうね……。ねぇ、部屋までおぶってよ!」

「……それはできない相談だね」


 照れ隠しに甘えたように言うミラリアの冗談を、半分呆れたように断るリュウカ。マルコだっているし、他の冒険者だっている。流石にそんなこと、人目を憚るのも仕方のないこと。


 ただ、そんな彼女の無茶苦茶なところが嫌いなわけでもなく――


「……手伝うだけなら、やぶさかでもないけど」


 そう言って、右手を差し出すリュウカ。

 嬉しそうにその手を取るミラリアは、とても満足そうだった。


「先日の依頼の疲れも十分取れてはいないでしょうし、今日はゆっくりとしてください。今後は様々な施設を活用することでしょうから、アゼルの街の中をぐるりと回るのもいいですよ。依頼、お疲れさまでした」


 部屋の場所だけ伝えて、階段を登り切ったところでミラリアたちを見送るマルコ。その視線の先にある二人の背中は――冒険者でなかったころに比べて、なんだか逞しく見えた。


 戦いを潜り抜ける度に、人は成長するもの。それは決して比喩などではなく。


(大怪我をしたと聞いたときは驚きましたが……。とても良い冒険をしたのですね)


「ここを出発した時とはまるで変わりましたね、お二人共」


 こうして、二人の始めての依頼は、なんとか成功で終わったのだった。






 セッション1 『ゴブリン退治』 終了!

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