そら飛ぶパトカー

田村サブロウ

掌編小説

 水口は目をこすった。


 たったいま自分の見たものが現実の光景なのか、非常に疑わしかったからだ。


 だが、残念ながら現実は変わらなかった。


 水口が仕事で運転するパトカーの左右のドア。その両側に、飛行機を思わせる翼が生えているのは見間違いではなかった。


「どうだ水口! これが、わが署に実験的に導入した『そら飛ぶパトカー』だぞ!」


「どうだ、じゃないですよ! 警察の車になに勝手なことしてるんですか青柳先輩!」


 ご立腹の水口を、青柳はまぁまぁと抑えにかかる。


「悪くないだろ? そらを飛べるパトカー。こいつがあれば渋滞に縛られることなく事件現場に行けるし、道に縛られずにスピード違反者を先回りするのも簡単だ!」


「そうかもしれませんけど、安全性は信頼できるんですか? このパトカーの翼」


「んー、パトカーを魔改造した技術部のおっちゃんはベータテスト版とか言ってたな」


「ベータテストって、試作品じゃないですか! ダメでしょ!」


 水口がツッコミを入れたところで、青柳と水口に出動命令が入った。


 なんでも重火器で武装した暴走車がいるらしく、交通担当だけでは手に負えないので青柳と水口も現場に急行せよとのことだ。


 水口は、青柳のススメでいやいや『そら飛ぶパトカー』で出動した。


 本当は別のパトカーで出動したかったが、あいにく全て出払っていたので仕方ない。




 * * *




 さいわい飛行機能を使わずとも運転はできたので、暴走車を追いかけるのに支障は無かった。


 途中までは。


「おい、水口やばいぞ」


「なんですか? 青柳先輩」


「この先1キロで渋滞だってよ」


「なに言ってるですか青柳先輩。こっちはパトカーですよ? 一般車両はパトカーを優先して道を開けてくれますよ」


「いや、それが道を開けたくても開けられないぐらいに車が混み合っているらしいんだ」


 青柳からの情報に嫌な予感を感じ、水口は口をへの字に曲げた。


「青柳先輩。今のルートから遠回りで武装した暴走車のもとに行くとして、どれぐらいの遅れが生じますか?」


「1時間以上だ。川を渡る橋で渋滞が起きてる。他の橋に行くのはめちゃくちゃ遠回りになる」


「…………」


「水口。そら飛ぶパトカー、その本領を発揮する時かな? かな?」


「ああもう、嬉しそうにしないでくださいよ! わかりましたよ、使えばいいんでしょう!?」


 嫌な予感しかしなかったが、もはや飛行機能を使わない空気じゃない。


 水口はクラクションの横にいつの間にかついていた「TAKE OFF」と書かれたボタンを押す。


 ポチっとな。




 * * *




「お? おお?」


「……浮いてる。上がってる」


 まるで飛行機が離陸するかのような浮遊感に、青柳も水口も戸惑う。


 走行中のパトカーはふわりと浮いたかと思うと、強い浮力とスピードを両立したまま地面から離れていく。


「やったぞ水口! 俺たちはパトカーで空を飛んだ世界初の警察官になったんだ!」


「え、えーと。あははは」


 青柳があまりに嬉しそうに大はしゃぎするものなので、ついつい水口も喜びが湧いてくる。


 その喜びが、ほんの一瞬の夢であることも知らずに。






「よーし、それじゃあ渋滞からも地上からも開放されたことだし! 暴走車を追いかけるぞ!」


「……あっ」


「そらを飛べるなら、道に縛られず一直線で目標に行けるから先回りも……どうした水口? 顔色が悪いぞ」


「青柳先輩。どうやって方向転換するんですか?」


「んん? ハンドルを切ればいいだろ」


「やってます。でも曲がりません。地面にタイヤが着いてないんですから」


「あ、そりゃそうか」


 青柳はあははー、と笑った。


 水口はあはは……と笑った。


「あと、青柳先輩。どうやって地上に降りるんですか?」


「んん? ブレーキを踏めばいいだろ」


「やってます。でも止まりません。このパトカー、降りるどころかどんどん上昇しているんです」


「へぇ。どこまで上に行けるか楽しみだな」


 青柳はあははー、と笑った。


 水口はあはは……と笑った。 




 沈黙が飛行中の二人のもとに訪れた。




 やがて、パトカーが雲を通り抜ける高度までたどり着くと。




「たあぁすけてええぇぇぇぇぇーー!!」


「はっはっは! そーらを、じゆうに、飛びたいなっと」


「青柳先輩のバカーー!!」


 水口の叫びは誰に届くこともなく、上空の空気に消えていった……。

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そら飛ぶパトカー 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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