『盲点』

梶野カメムシ

『盲点』




「桜の木の下には死体が埋まってるって話、知ってる?」


 日の暮れた学校の帰り道。

 満開の桜を見上げながら、先輩は言う。

「聞いたことあります。何でしょうね、あれ」

 スマホで検索すると、答えはすぐに出た。

「元ネタは梶井基次郎ですね。

 『桜の樹の下には』って、明治時代の短編小説。

 それを元に広まった都市伝説らしいです」

「じゃあ、本当は埋まってないの?」

「そりゃあ先輩、都市伝説ですから」

 笑いかけたぼくを止めたのは、いつになく真剣な先輩の目だ。

 桜の下の死体の話、先輩は信じていたのだろうか。

「んー、でも……埋まってるかもですね。

 全部じゃなくても、少しくらいは。

 だって、こんなに綺麗に咲くんですから。

 死体が埋まっててもおかしくない、のかも」

 悩んだ末に答えたぼくの顔を、先輩が覗きこむ。

「本当に? 本当にそう思う?」

「え、ええ、まあ」

「そっかー」 

 先輩はまた桜を見上げた。


「……  だと思ったんだけどなあ」

 一陣の風に、白い花びらが舞い零れる。


「いま、何て言いました?」

「ううん、独り言。もう行こっか」

 やっぱり先輩には、春が似合う。

 桜吹雪の中で微笑む先輩を見て、ぼくは改めてそう思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『盲点』 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画