第45話 私達の永遠の誓い
翌日、キーラ様と二人っきりになった時に、その話題に触れられました。
「昨日は私のわがままを聞いてくれてありがとう。アクセルがね、エレナを無理につき合わせてしまったのではないかと心配していたんだ。いい歳した成人の男の事を、アレコレ母親が介入して、情けない奴だとは思わないであげてね」
「いえ!陛下は立派な方です。それに、私の方こそ、陛下と素敵な時間を過ごさせてもらいました。ありがとうございます」
せめてと、頭を下げてお礼を伝えました。
「ねぇ、エレナ。貴女に、覚悟を決めてもらうことはできるかな」
そんな私に、キーラ様は穏やかな声で話かけてきました。
「えっ……」
顔を上げて、キーラ様を見ます。
覚悟?
「アクセルを生んだ時、私は過去の記憶を失くして、読み書きがかろうじてできるレベルだった。そんな私達を助けてくれたのは、リュシアンで、今、アクセルの手助けが私一人でもようやくできるようになった。私が長生きして力になるから、貴女はここから学びを始める事はできないかな。貴女の素直な気持ちを知りたい。国とか、治政だとか身分だとかは置いといて、アクセルの事をどのように思っているのか。アクセルが求婚した場合、貴女は応えることができるのか。もちろん、断ることもできるのは忘れないでほしい。大事なのは、貴女の意思だ」
私は、何を尋ねられているのでしょうか。
陛下が、求婚?
私に?
「そんなこと、まさか……」
「あの子は惚れたら一途だから、残念なことにもう、他の子は視界に入らないよ」
そんなことが、あるはずがないと、私の頭では否定しているのに、私はまだ、何を期待しようとしているのでしょうか。
「わ、私の母は、ミステイル王国出身です……こんな私が、陛下から求婚されるなど、そんなことあるはずが……」
「ディバロ王家のルーツは、ミステイル王国から逃げてきた者だ。切っても切り離せないものなんだよ」
逃げ道と言い訳と、自分の気持ちを誤魔化す言葉がどんどん狭められて、
「私にはもったいない方で、分不相応なのはわきまえていました。でも、陛下は素敵な方で、いつもその姿を追ってしまって、お慕いする気持ちを隠す事ができませんでした」
それをとうとう、口にしていました。
「そう。安心したよ。本来なら、順序が逆なんだけどね。アクセルが貴女に恋慕の想いを寄せているのは確実だったけど、あの子が国王である以上、自由に振る舞えないところもあるからね。ちょっと、余計な介入をすることにしたんだ。女の子の憧れとは、理想とは程遠いものに、謝ることしかできないよ」
「いえ、そんな、今、この時こそが、現実とは思えなくて……」
「でもせめて、ちゃんとした事は本人から言わせるよ」
キーラ様がそれを言い終えたところで、息を切らせた陛下が扉を開けて入ってきました。
「急に、すまない、何か母上が無理難題を君に言っていないだろうか」
焦りともとれる陛下の態度を見て、キーラ様は微笑を向けています。
「国外追放と、嫌な男との結婚と、どっちを選ぶって迫ってたんだ」
「母上!冗談だと分かっていても、笑えません!」
「ふふっ。でも、ほら、国外に逃げられるか、よその男に持っていかれるかする前に、自分の口から言いなさい」
「ですが……」
「エレナにも伝えたけど、私が力になるから、貴方の望む通りにしていいのよ。大丈夫。貴方がふられたからって、エレナを咎めたりしないから」
今度は悪戯っ子のような微笑を浮かべて、陛下を見ています。
キーラ様の前では、立派な方である陛下も、一人の人なのだと改めて思えました。
そんな方を、
「私も……お支え、していきたいです……」
思わず呟くと、お二人から同時に見つめられていました。
「ほら、アクセル。私は席を外した方がいい?」
「いえ、報告の手間が省けますので、どうかそこにいてください」
そう仰ったかと思うと、陛下は私の前に跪いていました。
「エレナ。小国とは言え、一国の王となった私が誰かと婚姻する意味を分かっているつもりだ。君には、背負わなくてもいいものまで押し付けてしまうことになる。それを理解していても、君への想いを捨てる事ができない私を赦してほしい。エレナが好きだ。一目惚れと言ってもいい。あの一瞬の出会いに、私は死ぬまで感謝し続けるだろう。私も、貴女の事は必ず守る。私と結婚してほしい」
陛下の真摯なお言葉に、私は、歓喜のあまり、
「はい」
それ以外の言葉が出てきませんでした。
跪いたままだった陛下から手を取られると、引き寄せられ、そして、陛下につられるように座り込むと、抱きしめられていました。
逞しい両腕の中にすっぽりとおさまり、体温を身近に感じ、ドクドクと早鐘を打つ心音が聞こえてきて、陛下がどれだけ緊張していたのか分かりました。
それが陛下の本心をさらに知らせてくれて、嬉しくて、
「ふふっ。母親の前で堂々とイチャつくとは、アクセルも隅におけないね」
そこで、慌てて私が離れようとしたのに、陛下は解放してくれるどころか、ますます腕に力を込めて離そうとはしませんでした。
「私はちょっと大臣達と話してくるから、まぁ二人でごゆっくり。フィルマン、アクセルのこの後の予定を少し空けてあげてね」
「かしこまりました」
「あ、じゃあ、俺もまだしばらく外で待機してますねー」
陛下の護衛のウリセス様の声もしました。
色んな方の動く気配がしましたが、私の視界は陛下の体で閉されたままです。
「自分は、恋なんかできないのだと思ってたんだ。絶対に、幸せにするから」
誰もいなくなってから、耳元で囁かれた声は、少し震えていました。
それからの数日は、慌ただしく過ぎていきました。
やはり、家名も持たないような私では、反対される意見も出る事は当然の事でもありましたが、それを全力で説き伏せたのはキーラ様でした。
「こんな閉ざされた小さな国で、政略結婚をしても意味がない。どこにも行く事ができず、この国に縛られているギフト所持者を、これ以上、がんじがらめにするな」
それは、誰よりもキーラ様自身が、陛下を国に縛り付けてしまったとお考えなのではないのでしょうか。
とても、悲しいことでした。
母が子を思う心が、そのままご自分を責めることにもつながっているので……
「国王が、恋にうつつをぬかして国政を疎かにしたと言うなら、聞くが、どうなんだ?」
この国では、聖獣からギフトを与えられた方は、神にも等しい存在となります。
さらに、未来視が行えるギフト所持者でもあるキーラ様が一言、
「彼女が王の妃となれば、国がより安定する。私はそれを支持し、彼女を支えていくつもりだ」
そう言えば、もう、誰も反対する方はなく、キーラ様の言葉は、そのまま国民に伝えられることになりました。
またさらに時が過ぎたその日、たくさんの歓声が、私達を迎えてくれました。
アクセル様の隣に立つ私を、国民の皆さんは祝福してくれました。
多くの祝福を受けたその日、私と陛下を見つめるキーラ様は幸せそうではありましたが、
「私は、十分に幸せなんだ。アクセルがいて、平和な国を見守る事ができて、そして、今度は貴女がいる。私は、幸せなんだよ」
それが、自分に言い聞かせているようで、哀しい響きがありました。
あと一つ、足りないもの、足りない方がいるのだと、言葉にはしなくとも、伝わってきました。
「貴女達が幸せになってくれる姿を、私に見せてくれるかな?アクセル、エレナ」
アクセル様がキーラ様の前に跪き、私もそれに倣います。
そして、誓いのように言葉を紡いでいました。
「母上を一人にはしません。この命がある限り、私とエレナは母上と共に歩みます」
「キーラ様が私を守ってくださったように、私もキーラ様をお守りします」
私達の、心からの言葉です。
でもやはりキーラ様は、ご自分を責めているような、そんな哀しげなお顔をされていました。
私達は、この命が尽きる時まで、幸せに過ごすことができました。
それは、キーラ様のおかげでもあり、アクセル様が常に支えてくれたからでした。
私は、私達は、誓いを忘れません。
この先もずっと。
完。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
私を処刑しようとしたクセにお前達なんか助けるわけないだろ!! 奏千歌 @omoteneko999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます