第22話 中西彼方

 中西彼方なかにしかなた



 「おほん。くだらないアニメの真似事をやっている場合ではない。僕は中西彼方なかにしかなただ」

 「私は水原菜端穂」

 「そうか……、君とはパン競争のみならず学業でも好敵手という訳だな」

 中西君は再びクルリと私に背を向け、

 「しかし水原君、残念だが君が僕に勝つことは出来ないよ。勿論僕が男で体力に勝るからなんて低能が考えるような理由じゃない」

 今はパン競争の話なのかな?

 すると中西君は再びクルリと私に向き直り、

 「君だってナポレオンヒルの詩くらい知っているだろう?」

 え? 誰だって? ナポレオン? 

 「ナポレオンてあの?」と私は素直に問いかける。

 「おそらく君が今想像しているのはナポレオン・ボナパルトの事であろう。それはフランスの革命家だ。もしくはウイスキーの方か? 浅はかな君が考えそうな事だ。そうじゃなくて、僕が言っているのはナポレオンヒルというアメリカの哲学者だ」

 「へぇー」

 中西くんは大きく目を見開き、

 「君ともあろう人が知らないのか、存外と君は無知なようだ」

 だってそんな人授業で習ってないもん。

 「いいだろう、無知で愚図な君の為に彼の『信念の詩』を聴かせてやる。僕は全て暗記しているからね」

 私に対する形容詞がいちいちとげとげしいなあ。

 中西君は腰の辺りで後ろでに腕を組み目を瞑る。まるで応援団員のように。そして『信念の詩』を聴かせてくれた。



 もし君が『負ける』と考えるなら君は負ける

 もし君が『もうダメだ』と考えるなら君はダメになる

 もし君が『勝ちたい』と思う心の片隅で無理だと考えるなら君は絶対に勝てない

 もし君が『失敗する』と考えるなら君は失敗する


 世の中を見てみろ

 最後まで成功を願い続けた者だけが成功しているではないか

 すべては”人の心”が決めるのだ


 もし君が『勝てる』と考えるなら君は勝つ

 『向上したい』 『自信を持ちたい』と君がそう願うなら君はそのとおりの人になる


 さぁ、再出発だ

 強い人が勝つとは限らない

 すばしっこい人が勝つとは限らない


 『私は出来る』そう考えている人が結局は勝つのだ

 ……………………「中西彼方」



 自分の詩にしちゃってますが……。



 私は詩の冒頭の部分を聴いてドキリとした。中学時代の私はまさにそれじゃなかったのだろうか。苦境に立たされ常に『逃げたい』と考えていた。

 状況を『打開したい』 と思いつつも心のどこかで『でもやっぱりダメかも』 と思っていたのではないか。

 『打開したい』 ではなく、『打開する』 と強く思えなかったのではないか。


 「解るかい? 僕はね、常に『勝てる』 『成功する』 と信じ続けているのさ。君の様に心のどこかで『無理かも』 なんて考えない」

 彼の言葉が胸に突き刺さる。

 確かにそうかも知れない。私はいつも心のどこかで諦めていたのではないか。


 「君がいつも僕に鼻差で売店への到着に後れを取るのは体力や足の速さじゃない。『心の強さ』 なんだよ」

 「心の強さ……」私は言葉にして呟く。


 「まあいいだろう。僕にだって君のようなライバルがいた方が張り合いがあるというものだ。愚図でノロマな君が僕より先に売店に到達するとは思えないが僕だって気を抜けないのは事実なんだ」

 ずっとパン競争の話なんだね。

 「心の強さなんだね」

 「そうだ」


 「中西君。中西君のような勉強の出来る人がどうしてこの高校に?」

 「なんだ? 勉強の話か?」

 「いや、勉強というか、もっといい高校行けたんじゃないのかなって単純に疑問に思って」

 「僕の家はこの学校のすぐ裏だ」

 「へ?」

 「解らないのか? とことん君はバカなんだな」

 「はあ」

 「アホな君の為に解りやすく説明してやる。いいか? 仮に片道30分かかる学校に通うとすると往復1時間だ。これが1ヶ月も続くとどうなる、ほぼ1日分だ。これがどれほどのアドバンテージになることかマヌケな君にも解るだろう?」

 「うん」

 「無駄な通学時間を勉強に充てる事がどれほど重要か3年後に嫌でも思い知るはずだ。本来ならこんな所でアホで根暗な君と話し込んでいる場合じゃないんだ」

 まあ理屈はわかるんだけど。

 「それとな、いいか? この学校は私学だ」

 「うん」

 「私学の教師っていうのは言ってみればサラリーマンなんだ。これはどういうことかと言うと、私立の高校は学校とは言え法人、会社だ。サラリーマンというのは実力成果主義なんだ。生徒の成績が自分の成果になるんだよ」

 なにやら難しくなってきたなあ。

 「自然と教える方も公務員よりサラリーマンの方が真剣になるわけさ」

 「なるほど」

 「解ったかい? このおたんこナス」


 中学生が考える発想では無いと思った。中西君はすでに中学生の頃からそんな事を考えていたんだ。本当に彼は頭の良い人なんだろう、言葉にいちいちトゲがあるけれど。

 「うん、理解できた」と私は感心して言う。

 「ようやく理解出来たようだなこのウスノロ」


 「ここまで言えば解るだろう? 君が今からすべきことは常に『強い心』を持って売店へ走ることだ。女子だから負けてるなんて考えていたら君は一生僕に勝てないぞ」

 またパンの話に戻ってる。

 「うん、解った。ありがとう」

 彼は再びクルリと私に背を向け、

 「とにかく君とはいい好敵手になれそうだ、水原君」

 「そうだね、パンもだけど勉強も負けないように頑張る」

 「その意気だ、ハゲ茶瓶の水原君、また会おう」と言って校舎へ歩いていく。

 私は無意識に髪の毛に手を当て、

 「強い心か」と呟いた。


 中西君と話し込んでしまった為、慎太郎君のギターを聴きそびれてしまった。まあいいや、明日中西君の事も報告しよう。


 私は教室へ向かう。歩きながら「強い心か……」と再び呟いた。

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