第2話 詩の言葉

「まず、その都市には貨幣という概念がございません。では彼らは何を使って物を売ったり買ったりするのでしょうか。それは詩の言葉です。彼らはお金を払う代わりに詩を詠むのです。気を付けなければいけないのは、ありあわせの詩は一切の価値を持たず、その場で生み出された新鮮な詩の言葉にしか価値がつかないということです。ですから、その都市の人々は一日のほとんどの時間を詩を考えることに費やします。日がな詩を考えているなんて気が滅入るとお思いでしょう。けれどもその都市の人々は幼い頃から詩作を続けておりますから、なんら困難なことはございません。まるで草木がその根を伸ばすように詩をつくり続けるのです」


「我々が採用している貨幣の利点は、価値の基準が客観的に定められていることでございます。では、その都市では詩の価値を一体どのように決めているのでしょうか。驚くことに、彼らはほんとうに美しい詩を聴けばみな一様に美しいと思い、つまらない詩を聴けばみな価値がないと判断することができます。つまり、彼らは詩に対する共通の価値基準の感覚を持っているということなのです。そんなことはあり得ないとお思いでしょう。しかし少し考えてみてください、我々はみな日光が水面に反射してきらきらと輝く様を美しいと感じます、また我々はみな夕方の空に映る青と黄の色調を美しいと感じます。彼らの詩に対する共通感覚は、そうした我々の「美」に対する価値基準の感覚と大変よく似ているのでございます」


「さらに、詩は彼らの生活において、貨幣の代わり以上の役割を担っております。たとえば、彼らははじめて出会う相手と即興で詩を詠み合います。それだけでなく、好きだという気持ちも、怒りの気持ちも、あらゆる想いを詩の言葉に乗せて相手に届けるのです。彼らは会話のために用意されたありふれた言葉や言い尽くされた表現を嫌います。そうした言葉ではとうてい相手の本質を図り知れないということをよく知っているのです。彼らに言わせてみれば、詩の言葉とは、その人の性格や思想や歴史といったあらゆる要素の結晶に他なりません。詩の言葉を用いることで、目の前の相手と、心の深い場所で知り合うことができるというわけなのです」

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