第6話 大歓迎の理由

「よく来てくれた! クレア殿の輿入れに、乾杯!」


 宴会場の上座の方に座ると、すでに人は集まっていた。今日は殆どの要職の方が集まり、アグリア殿下と並んで陛下と王妃殿下の隣にいる。


 まだちゃんと挨拶をしていなかったので、陛下と王妃殿下にも立ち上がって挨拶しようとしたら止められた。今日は無礼講だから座ったままでいいという事で。


「はじめまして。昨日は挨拶もせず申し訳ありません。嫁いできました、第二皇女のクレアと申します。……あの、すみません、こんなに歓迎されている理由がわからないのですが」


 無礼講なのは皆わかっているのか、席のあちこちでクレア王太子妃に乾杯! と何度目か分からない乾杯が行われている。


「よい、よく来てくれた。我が国は独立したが、復興にも、今後の発展にも、足りないもの……知識が必要だった。我が国の間者がいるというのはアグリアから聞いたと思うが、クレア殿の話はよく報告に入ってきていた。我が国で貴殿はこう呼ばれている……生ける知識の人、と」


「なるほど……」


 本が入らない、という事は口伝で伝えられる技術や職人を育てる以上の発展性が無いという事だ。


 1つでもいいから何かのきっかけがあれば、そこから発展できるものだが、バラトニア王国は最初の植民地である。もう数代前の話だから、自国の歴史などの本は多少あれど、紙を作る技術がないせいで取りこぼされた話も多いのだろう。


 私はようやく得心がいった。それは大歓迎されるわけだ。私の頭の中には少なくともフェイトナム帝国が保有している知識は大方入っている。


 お父様はただ自国の血が欲しいだけだろうと思って私を寄越したのだろうが、私の中に祖国への愛情……家族への愛情はあまり無い。


「父上、それでは私が誤解されます。——クレア、後で話そう。私が、君を望んだ理由」


「ははは、それもそうだな。クレア殿以外を寄越されたら難癖をつけて替えさせようと思っていた。我が国は、クレア殿を歓迎している。アグリアが特に熱烈にな」


「父上」


 アグリア殿下には他にも理由がある?


 私は殺されたり邪険にされない理由が分かっただけでも充分だし、安心して暮らしていけそうだからほっとしているのだが、出会ったばかりの私たちの間に一体何の理由があるというのだろうか。


 分からずに殿下を見ると笑って誤魔化された。顔がいい人の微笑はなかなか心臓に悪い。


 私はとにかく安全で、必要とされている。これならこの国でうまくやっていけるはずだ。


 その安心感で、手元にあったグラスを傾けて料理に手を出しはじめた。


 王妃殿下とも話したし、アグリア殿下とも陛下とも話しながら、私は宴を楽しんで1日を過ごした。


 コルセットを締めないのは正解だと思う。

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