第5話 新しい家
私はアグリア殿下にエスコートされて城に入ると、ずらりと並んだ使用人たちに頭を下げて出迎えられた。
ここ、敵国よね? 私、負けた国から嫁いできた憎い女のはずじゃないのかしら? と、自分の頬をつねりそうになるのを何とか堪える。
戦争をして1年は経っているが、勝ったと言っても双方の傷はまだ深いはずだ。いつ首を切り落とされても仕方ないと思って来たのに、なんだろう、なんだかとても歓迎されているような……?
「おかえりなさいませ、王太子殿下、王太子妃殿下!」
「ただいま。クレアがびっくりしているから、こういうのは今日だけにしてくれ。さ、クレア、長旅で疲れただろう? 部屋に案内するから今日は休んで、明日は朝から宴だからそのつもりでね」
「は、はい、アグリア殿下」
私はただただ圧倒されるばかりだ。
フェイトナム帝国ですらこんな扱いはされたことがない。まして、到着したのに陛下に挨拶もせずに休んでいいのだろうか?
なんだか物凄く大事に扱われている気がするけど……、私はこの国に何かをした覚えがない。それに、アグリア殿下とも初めて会ったのだし、この短い旅程で好かれる要素もない。
綺麗でも可愛くもない、愛想も愛嬌もない、淑女として男性を立てることもしていない。一体何が起きているのか、何故こんなに歓迎されているのかわからないまま、笑顔の殿下に手を振られて、私は愛想の良い使用人に案内されて私の部屋へと案内された。
部屋はとても広く居心地が良い落ち着く色調に整えられていて、この居心地の良さは内装にフェイトナム帝国の家具や壁紙を使ってくれているからだと思い至った。ここまでされて、騙し打ちされる、とまだ疑うのもどうかと思うが、私は所詮戦争で争った国の皇女だ。まだ油断はできない、と思っていた。
持ってきた荷を解いてウォークインクローゼットの中に物がしまわれていく。私も少し覗いてみたが、何も持ってこなくてもよかったのでは無いかと思うような服飾品の山があった。
その日は本当に疲れていたのでメイドにお風呂に入れてもらい、馬車の旅で凝り固まった身体をマッサージまでされて、私は早々に眠りについた。
翌日、目が覚めると同時にメイドが入ってきてカーテンを開ける。うん、知らない国だ。夢じゃなかった。
顔を洗って身支度を済ませる。祖国ではあまり着飾ると姉や妹に馬鹿にされたのでやらなかったが、ここのメイドたちは止める暇もなく私を仕上げていった。
肌も髪も綺麗な白ですから顔には少し明るいお色を載せましょうね、とか、ドレスは華やかなものにしましょう、とか、スタイルが良いですね、とか、聞いたこともない褒め言葉で私は誘導されるがままに仕上げられた。
今日は宴なので締め付けるようなコルセットは無く、楽にいられるよう襟ぐりは大きく開いたもので、バラトニア王国が取引している国で作られた軽い銀細工の細かな装飾品を付けられた。
姿勢が悪いのはどうしようもなかったが、それは追々どうにでもなります、とメイドに言われたので姿見の中の私は苦笑するに留めた。
「ありがとう、メリッサ、グェンナ、ミリー。お陰で少しは見られるようになったわ」
私のお世話をします、と昨夜からついてくれたメイドの3人にお礼を言うと、彼女たちは驚いたように目を丸くして顔を見合わせた。
「私たちの名前を……?」
「? 昨日、教えてくれたじゃない。これからお世話になるんだもの、改めてよろしくね」
代表して聞いてきたグェンナに首を傾げて返すと、彼女たちはまた顔を見合わせてうんと頷き合った。
「誠心誠意お仕えします」
「あ、ありがとう」
そんな風に改めて言われると、なんだかビックリして腰が引けてしまう。
3人に連れられて、私は宴会場へと向かった。
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