15 洞窟での戦闘演習(※ガイウスサイド)

 洞窟の入り口で拾った木の枝に、先日仕留めたホーンラビットの毛皮を巻き付けて火付け石で松明にしたガイウスが、ゆっくりとシュクルを進める。ミリアも遅れずに着いてきている。


 ドラコニクスは敵の気配に敏感だ。さっそくシュクルが脚を止めたので、ここでルーファスと待つように言いつけると、ミリアと共に徒歩で奥に向かった。


 松明の照らす範囲は狭い。洞窟の入り口からはそれなりに中に入ったから、この火が唯一の光源だ。ガイウスからぴったりとミリアが離れないようにしながら暫く進むと、ギャッギャッという声が聞こえて来た。


 どうやらゴブリンが住み着いているらしい。最初の敵にしては厄介であり、まぁダンジョンの練習にしたらちょうどいいか、という微妙なラインだ。ガイウスはミリアが出来ることを知らないので、ミリアに向きなおって訊ねる。


「この洞窟の中でゴブリンの群れだ。炎系、土系の魔法は避けて、他に使える魔法は?」

「風系の範囲魔法と氷系の複数攻撃魔法、あとは回復魔法です」

「分かった。氷魔法中心で、足を狙うようにしてくれ。後方支援はするから、目の前の敵に集中してくれていい。とにかく第一に怪我をしない事。二人きりだとそれが隙になる」

「わかりました。――ガイウスさん、私、強くなりましたから」

「? うん。【魔法剣士】だもんな。じゃあ、後ろにいるよ。あぁ……灯りをどうにかしないとな」

「いえ、ご心配には及びません」


 ガイウスとの短い作戦会議を終えたミリアは、腰の剣を抜くと暗い洞窟の中に進み出た。


 耳障りな声が一際騒がしくなる。人型の魔獣……ゴブリンやオーガは、人間の女人を好む性質がある。もちろん、子供を産む腹としてだ。おぞけが走るが、同じような構造さえしていれば魔獣の種は勝手に育つ。


 同族でなくとも繁殖可能だからやっかいであり、また、人程腹の中での時間を要しない。人間の女の腹というのは、実に都合のいい存在だ。


 ガイウスは後方で松明を適当な岩の隙間にがっと押し込むと、自身は片手に魔法弓を構えてもう片手はインベントリを常時展開していた。アイテムの使用が先になるか、弓での支援が先になるかはミリア次第だ。


 しかし、灯りも無い中でどうするつもりだろうと眺めていたが、ミリアだってA級冒険者だ。洞窟やダンジョンでの戦闘経験もある。


 ミリアが剣を額に当てるようにして何か呪文を唱えると、剣が発光した。なるほど、とガイウスは冷静にそれを眺める。


 魔法弓は自動的にガイウスの中の魔力を矢として引き出す事ができる魔導武器だが、ミリアの場合は自身の魔力を剣に纏わせて発光させている。敵にとっては見つけてくださいというような真似かもしれないが、これは後々他に応用が利くな、とガイウスは眺めていた。


 ミリアが進んだ先は広い突き当りになっていて、ガイウスはもう少しだけ近付いた。暗闇に多少慣れた目には、壁面にいくつも開いた穴から黄色の目が光っているのが見える。


 ホブゴブリンも混ざっているだろうか? ゴブリンメイジが居ると厄介だな、とは思いつつも、ゴブリンの動きはある意味研究されている。まずは集団で獲物に襲い掛かり、その間にメイジがいるならば魔法をぶつけてこようとする。


 魔力は人間も魔獣も問わず発光する。メイジがいる場合はどこかの穴が光るので、ガイウスは『視野を広く』持って空間全体を眺めるようにした。


 ミリアに向って4方向からゴブリンがこん棒を片手に襲い掛かる。6体程が群がったが、ガイウスはミリアの剣筋も視界に捉えていた。


 ミリアに向って振り下ろされたこん棒を軽く弾いていなし、力ではなく技術で距離を取らせた瞬間にはもう踏み込みが始まっている。剣技の確認はしていなかったが、魔法使いから剣士としての研鑽は相当なものを積んでいるようだ。


 踏み込みと同時に詠唱に入り、同じ方向に弾いた2体のゴブリンの脚を低い姿勢で一文字に斬り払うと同時にその低姿勢を利用して反対側に弾いたゴブリンたちの頭上を超えるように宙返りをした。上空で詠唱を終えると、先に飛び出したゴブリンたちに向ってミリアの周りに現れた氷の槍が降り注ぎ穴だらけにしていく。


 と、やはりメイジがいたようだとミリアの動きを見ながらガイウスは視野を広く保ったまま無造作に魔法弓を構えてメイジの唱えている場所に向って矢を放ち、そのまま飛び出してくる次のゴブリンの足止め程度に『即時判断』のスキルを使用してミリアの着地の場所には当たらないよう続けざまに4発の矢を放った。


 矢の補充が要らないということは、矢継のロスタイムが無いということだ。一矢をゴブリンメイジにめがけて、残り三矢を壁のどこに当てればいいのかをスキルで見極め跳弾させると、火力は無いが飛び出して来たゴブリンの勢いを殺す事ができる。実際、最初の6体は様子見で、着地したミリアに向って今度は倍の数のゴブリンが飛び出して来ていた。


 ガイウスは跳弾でゴブリンたちが飛び出してくる勢いを殺し、何体かはそのまま洞窟の地面に転がした。もちろん、殺傷能力は高くない。出鼻をくじく、魔法の詠唱を止める程度の威力だが、ミリアにはそれで充分だ。


 ガイウスの「跳弾」は以前助けられた時に見て驚いたものだ。威力が弱く、魔法弓だからこその実体を持たない魔力の矢だからできる技である。しっかり魔力を籠めてヘッドショットを狙った所も見た事があるが、それはそれ、こちらの方が凄い技術だ。


 剣技もそうだが、スキルは使ううちに洗練されていく。『即時判断』なんて本来は最適なアイテムを選ぶ程度のスキルのはずだが、ガイウスはそれが戦闘に応用できる。


 後方支援としてこれ程頼もしい人もいない、とミリアはずっと思っていた。そして、憧れもあった。ただし同じ道に進むのでは意味がない。ガイウスと一緒に戦うためには、自分は一人でも火力として十分な人間にならなければいけないと思った。


 だから【魔法剣士】を選んだ。魔法使いとしてはかなりの修練を積んでいたのもあり、あとは必死に剣士としての腕を磨いた。


 今はその力の発揮のしどころである。跳弾で動きを鈍らされ床に転がったゴブリンたちを近くのゴブリンから『波動斬』という剣技で的確に仕留めながら、また低姿勢で走ってかく乱しつつ魔法を唱える。


 氷の魔法だが、今度は矢ではない。立って向かってくる者には波動斬を、そしてうずくまり様子を窺うゴブリンにはいつの間にか広い空間一杯に満ちていた『ダイヤモンドダスト』という魔法が襲い掛かる。


 地面を這うような冷気が蔓延した中、走って近付いたゴブリンの頭を斬り上げたと同時、周囲にいたゴブリンたちを凍り付かせる氷の柱が地面から生えた。


 ミリアがこうして近接戦闘に集中できたのは、ガイウスがその間にゴブリンメイジに向って強弓を引き絞るように魔力の矢を練り上げヘッドショットで倒してくれていたからだ。先ほどの跳弾で、ガイウスは敵の正確な位置を把握していた。メイジ側にしてみれば一瞬光っただけだろうが、ガイウスの後方支援の一番の売りは『視野を広く持つ』ことにある。戦場を常に一番後ろから眺めること。戦場の情報を見落とさない事。


 ミリアは少し物足りない気もしつつ、他にゴブリンの気配もしないのでガイウスの元に戻った。


「お疲れ様でした。ここのゴブリンはこれで全部でしょうか?」

「そうみたいだ。気配もしないし、シュクル達の声が聞こえる。後始末して戻ろうか」

「ゴブリンは素材になる部分はありませんよね? 燃やしてしまってはダメですか?」

「んー……」


 ガイウスは古風ながら指を舐めて湿らせると風の流れを読んだ。ゴブリンたちの巣穴があったことから、視覚出来ない所に穴があれば、洞窟内の酸素を燃やし尽くす事もない。


 風はちゃんと流れているようだ。これならば、ゴブリンの死骸を燃やすくらいは問題ないだろう。


「大丈夫そうだ。じゃあ死骸を集めて、燃やそうか。メイジが何か落としてるかもしれないからちょっと見て来る。ついでに下に落とすよ」

「お願いします」


 そうしてガイウスは地形効果無視の『投擲』のスキルで鍵縄を上の穴の方へ向かって投げると、そのまま縄をするすると登ってゴブリンの居た穴の中に消えた。

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