6 ギスギスしだす『三日月の爪』

 4人はそれぞれの自室で休んで、翌朝。


 今朝は4人でドラコニクスの世話をし、好みの餌はやはりすっかり忘れて思い出せないので、適当に餌やりをして、それからやっと朝飯を食おう、となった。


 しかし、ここで困ったことが起きた。


 今まで4人はガイウスに食事まで依存していたので、誰が作るかで揉めてしまった。


「……昨日、ガイウスの肩を持っていたリリーシアが作ればいい」

「なっ……ベンさんはガイウスさんの何が悪いと思ってるんです?! 私たちは『辞めて欲しい』と相談したわけじゃなく、追い出したんですよ?!」

「朝から怒鳴らないでよ、イライラするわ」

「ハンナは女の子なんだから、進んで作ってもいいんじゃないか?」

「何よそれ! ガイウスは男だったでしょ! 最終的にクビにしたのはグルガンなんだから、グルガンがやってよ!」

「怒鳴らないでって言った口で怒鳴ってるじゃないですかぁ……」


 こんなことでギスギスしてしまう。


 結局持ち回りということになって、今朝はグルガンが簡単な炒り卵と野菜のサンドイッチを作った。拠点の台所にあるアイテムボックスには、ちゃんと素材が残っている。それと冷たい牛乳を一緒に出して、とりあえずの朝飯となった。


 グルガンの頭の中にはどこで間違ったのだろうという思いが渦巻いていた。昨夜から考えていて、一向に答えは出ない。


 思い出したのはずいぶん前の野営。


 ガイウスに「なぜ【アイテム師】からジョブチェンジしないのか」と聞いたことがあった。ちょうど自分が【剣士】から【騎士】にランクアップした時だ。


 ガイウスは焚き火を見ながら……その頃はガイウスになんでも任せるのではなく一緒に火の番をしたりしていた……語ってくれた気がする。


「アイテム師のスキルは『アイテムインベントリ』無制限、地形無視の『投擲』、物を判別する『鑑定』、最適なアイテムを選ぶ『即時判断』、あとは手渡したアイテム効果が上がる『品質上昇』に、あらゆる取引で使える『交渉術』がある訳だけど、これ、ジョブチェンジすると必ず何かが消えるんだ。『アイテムインベントリ』は【アイテム師】専用スキルだし、冒険者で『鑑定』が使えるのも【アイテム師】だけ。『投擲』に特化していくなら【忍者】か【レンジャー】にジョブチェンジして、どちらも極めた【アサシン】になるか、『交渉術』に特化すれば【調教師】で一時的に魔物を味方にしたり、最終的には【テイマー】になるんだけど……【アイテム師】は装備制限も無いし、スキルを伸ばしていけば上級職と同じような真似ができるからさ。ステータスの伸びは悪いけど、『即時判断』を極めれば音もなく移動できるような場所と足運びを判断できるようになる。『投擲』を伸ばしていけばこの魔法弓でヘッドショットも狙えるし、要は命中力があがるから短剣でも急所を狙える。【アイテム師】はサポート職だから、体力の伸び方は割と最上位だし、ずっと戦えるし……『鑑定』も伸ばしていけば魔物のある程度のステータスも分かる。割と勿体ないんだよな、できることが減るのって」


 ——だから、行けるところまで【アイテム師】を極めるわ。


 珍しく語ったガイウスは、ごめんな、と言いながら笑った。グルガンは、謝ることじゃない、と言ってその話は終わった。


 騎獣を買ったのはその後、全員でドラコニクスを買った。全員で飼育の方法を聞き、すぐにガイウス以外やらなくなっていった。上級職を目指して訓練するから、とか、後はまぁ恋愛にのめりこんだりとかで。やってみれば分かる、皆でやればそう時間を取られることじゃない。


 ガイウスは、手伝ってくれ、とは言わなかった。それもそうだ、自分の騎獣の世話を手伝うなんて、間違ってる。自分でやる、のが当たり前だ。


 買い物も、店についてはいっても『交渉術』頼りだったが、アイテムの説明は聞かないのか? とは聞かれた。ガイウスに任せたのは、グルガンたちだ。「見れば分かるから大丈夫」と答えたが、分かっていなかった。


 グルガンの目から涙が溢れてきた。サンドイッチを噛みながら、何故【アイテム師】の仕事以外もさせて当たり前のようになってしまったのかを悔いた。


 店も、鍛冶屋も、ギルドの納品も、ついて行っていたのに。城に納品に行く、とガイウスは言っていたのに。せめてその時に、そうでなくても辞めさせるとなった時、ガイウスにアイテムについて指示を出しただろうか? 何をどう処理するのか、聞いたろうか。いや、出していない。


 いくらでも入る【アイテムインベントリ】だから持ち歩いていた焚き付け用の素材やら、城に納品するための大型魔獣の死体。実戦では危なくて使えないレアドロップの数々。


 それを拠点に置いていくだけでも大変だろうに、その時自分たちは新たな門出を祝ってと酒を飲んでいた。ガイウスは、他の店や城に『三日月の爪』をよろしく、と言って回ってまで王都を出たのに。


 泣きながらサンドイッチを食べるグルガンにぎょっとしながら、ギスギスしたのもあって誰も声を掛けることもできないまま、朝食の時間は過ぎていった。


◇◇◇


「おはよう、ミリア。落ち着いた?」


 ガイウスは一人用のテントをミリアに譲り、自分はシュクルに寄り添って寝た。予備の毛布もあったので特に凍えはしなかったが、川辺は石でごつごつしているのが難点だ。


 テントから身支度を終えて出てきたミリアに、温かいお茶を差し出す。蜂蜜とミルク入りだ。焚き火の火もまた、程よく燃えている。


「お、おはようございます……! すみません、突然押し掛けたのにテントを……」


 昨日切り倒した木の残りを椅子にミリアが座り、ガイウスはシュクルに寄り添って座る。シュクルは餌箱の餌を食べていた。


「いいよ。——でも、なんでまた俺と? 俺はいいけど、王都には戻らないし……パーティをクビになったからな。世話になった人も多いけど、王都で暮らせるほど図太くもなくてさ」

「……知っています。あの、『三日月の爪』ですよね。いきなり追い出すなんて……!」

「そこはいいんだ、居心地も悪くなってたし、退職金も貰ったし。だから色んなところによろしくってお願いもしてきたしな」

「それなんです!」


 突然のミリアの大きな声に、ガイウスもシュクルもギョッとした。ミリアは怒っているようだ。


「ガイウスさん、アイテムを全て置いてきましたよね」

「ん? うん。普段から野営に使ってるクズ素材とか、城に卸す機会を待ってたのとか、屋敷の中にはぎっしり実戦には使えないレアドロップとか、回復薬とか……俺の私物じゃないし」

「それなんです。焚き付け用に最低品質の魔獣の皮を使ったり、傷の大きさに適した回復薬を使ったり、大型魔獣は城での買取だったり……あとは装備を整えるのに自分で素材にしますよね?」

「え、うん。なんで? 店で買う時とか、冒険者ギルドの講習とかで習うと思うけど……」

「その焚き付け用の素材を態々店主を引っ張ってきて売ろうとしたり、金を払うなら引き取ると申し出てくれたのに断ったり、大型魔獣の素材を鍛冶屋さんに剥がさせたり、その前にアイテムポーチを依頼したら素材にしてない上に持ち込んだわけでもないのに、ぼったくり、と言ったらしくて! しかも回復薬の使い分けも碌に知らなかったとか! 今、とっても評判が悪いですよ……」


 ミリアの言葉にばちん、と掌で目元を覆ったガイウスはそのまま天を仰いだ。商売をして店を営んでいる相手を引っ張り出した上に謝礼も払わない、取引もしない、門外漢の仕事をさせる。素材の剥ぎ方なんて、冒険者登録する時に義務で受ける初心者講習で習う事だ。


 確かに自分が入ってからは自分が全て任されてはいた。素材の品質のためにも【アイテム師】の自分がやった方がいいのは間違いない。それにしたって……まさか、できなくなっているなんてことはないだろうな、とガイウスは段々空恐ろしくなってきた。


「…………嘘だろ? まさか、はは、だってS級だぞ? 買い物だってついてきてたし、……ドラコニクスの世話は少し心配だったけど……、アイテムについてだって、辞める時に俺は何も言われてないから、てっきり分かってるもんだと……あー……、本気で何も考えずに俺は……クビにされたのか」


 今までは「お前がいなくても大丈夫だ」という判断のもと、冷静に全員一致でクビにしたんだと思っていた。だから退職金もすぐ払えるように用意してあったと思ったし、何なら他の上級職でサポート役にちょうどいい奴でもみつけたりだとか……とにかく、ガイウスにとってはパーティメンバーが全員一致でその場で自分を追い出すに値する見当をつけてのことだと思っていた。


 皆アイテムポーチは持っているし、そもそも1年間はガイウス不在でやっていたのだ。自分は田舎の孤児院を出て、働き口の多い王都で、たまたま冒険者適性と教会で【アイテム師】というジョブに与れたにすぎない。


 【アイテム師】が便利すぎて転職も考えていなかったし、今後もする気はない。そう、自分にとって便利だということは、同じパーティにとっても便利だった。だが、追い出す方に追い出される方が代替案を出してやる必要はない。


「まさか……代替案も、俺が抜けてどうなるかも、何も考えずに追い出されたとか……」

「……『三日月の爪』に、戻られますか?」

「いやぁ、そこまでお人好しでも無いし……、旅をしながら田舎にでも引っ込もうかと思ったけど、その前に蓄えがある間はここで初心者のお助けでもして行こうかと思ってた」

「では、私とパーティを組みましょう! 必要な物は私が買ってきますし!」

「いやいや、俺が買ってきた方がお得でしょ。鍛冶屋に頼むのも。というか、あの、パーティ組んで何するの……?」


 ガイウスにはそこが分からない。いくら顔見知り程度とはいえ、可愛い子に熱心にパーティを組もうと言われて悪い気はしない。


 だが、職業的に彼女はどこでも引くて数多だろう。


 ガイウスに不利益は無いにしても、ミリアがガイウスを態々ここまで探しにきてパーティを組む理由が見つけられない。


「あの……、少し、長いお話になるんですが、聞いてもらえますか?」

「いいよ、俺は時間があるし。その前に朝飯にしよう」


 言ってガイウスは、インベントリから果物とホーンラビットの肉を取り出すと、叩いた肉の肉団子のスープと皮も噛み切れる柔らかくて甘い果物で、ミリアと2人、朝ご飯にした。

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