5 『三日月の爪』は回復薬についてすら知らなかった

 鍛冶屋の店主が素材の解体を終わらせた夕方ごろ、屋敷の中のものも外のものも4人のポーチの中にパンパンに詰め終わり、誰のポーチに何が入ってるかは分からなかったが、売り払う用の初級回復薬に何故か売り払われていなかったレアドロップ装備などは広間に一旦山と積まれた。


 個人の部屋の中までは浸食してなかったのは幸いだが、拠点の屋敷をみっちりにしていくガイウスに、勝手にクビを決めて申し訳ないと思ったのが2名、怒っているのが2名と分かれた。


 そこに、鍛冶屋の店主が顔を出した。


「おい、解体が終わった。素材は預かっていくぞ。あぁ、ドラコニクスの世話は朝晩2回だぞ。日が暮れる前にやっとけよ」

「親父さん……、俺らには分からないんだけど、これ、かなりのレアドロップなんだよ……なんで売られてないのか分かるか?」


 尋ねたのは、申し訳ないと思っているグルガンだ。グルガンはハンナと付き合っているのだが、ハンナは大きく露出した胸の下で腕を組みプリプリ怒っている。


「クビにならなきゃそのうちこっそり換金しようとしてたんでしょ! 家の中に隠すように詰めるなんて、ありえない!」

「俺もそう思う。退職金を支払ったのが間違いだ」


 同調したのはリリーシアと付き合っているベンだ。彼も怒っている、顔には出ないが、不正には厳しい正義漢なところもある。


 この二人の様子に呆れながら、残されていたレアドロップの装備品を鑑定した鍛冶屋の店主は「これはサービスだからな」と念を押してからどれもこれも見てくれた。


 そして呆れたため息を吐く。


「そりゃお前ら、これはこのままじゃ使えないから取っておかれたんだよ。同じ素材と一緒に預けてくれりゃあ、俺が打ち直せるがな。素材がないからとっといたんだろ」

「は?! どう見てもこれ、すぐにでも使える新品じゃない!」


 ヒステリックなハンナの反論に、鍛冶屋の店主はいっそ可哀想なものを見る目を向けた。


「お前らが何も知らんのはもう充分分かってたつもりだったが……、はぁ〜、ガイウスを何で追い出しちまったかね」

「初級職からランクアップしないからだ。ステータスの上がり幅が断然違うのに、アイツは成長を拒んだ」

「でも冒険に付いてって、自衛やサポートもこなしてたんだろ?」

「……」


 ベンの答えに、鍛冶屋の店主の質問が重なると黙るしかなかった。確かに庇う必要は本当はない程、ガイウスは自衛もサポートも熟していた。この先はわからなかったけれど。


「まずこのレアドロップ装備だが、どれも耐久力が無さすぎる。2〜3回振ったら壊れるぞ。こういうのは、さっきも言った通り同種の素材と一緒に持ってきてくれりゃ打ち直すか、偶に募集を掛けてるコレクターに売るしかねぇ。ガイウスが態と売らなかったとか装備させなかったって訳じゃねぇよ」

「や、やっぱり理由があったんですね……!」


 ガイウスが態と不利益をもたらした訳じゃないときいて、リリーシアがホッとする。ベンがひくりと頰を引き攣らせた。面白くないらしい。


「それから、その初級回復薬とかはどうすんだい?」

「あぁ、これは俺らはもう使わないから売ろうかと……」

「は?」


 比較的ガイウスを追い出してしまった事を悔いているグルガンの答えに、鍛冶屋の店主はさらに呆れた。


 ガイウスが置いていったという事は、アイテムでの回復時にはガイウスが仕分けて渡してやっていたのだろう。それでも、自分の使う薬についてガイウスに尋ねはしなかったのだろうか。


 いよいよ咎められ慣れてきたメンツは、またまずい事を言ったらしいという顔を見合わせた。


「ひよっこの時からガイウスがいて当たり前、ガイウスが【アイテム師】だからって買い物も使用も任せてたんだろうが……お前らな、過剰回復って知ってるか?」

「あ……!」

「なによ、リリー、思い当たる事でもあるの?」

「あの、はい……私も回復魔法は使えますが、ヒール、ハイヒール、エクストラヒールとありまして……簡単に言えば、擦り傷や致命傷では無い斬り傷にエクストラヒールを使うと、回復作用が強すぎて回復後に全身が傷つきます。その、理屈は長くなるので省きますが、低級魔獣の一撃を食らった回復のために高級回復薬を使うと……逆に致命傷になるんです」

「そういうことだ。ねぇちゃんは【上級僧侶】だから知ってたみたいだが、回復薬はどうせガイウスの『投擲』で投げられたものを受け取って確かめもせずに、何の疑問も無く飲んでいたんだろう。体力も魔力も一緒だが、ダメージに応じて使い分けないと痛い目見るぜ。店で買う時に説明されるもんだがな?」

「……」

「……」


 誰も何も言えない。【アイテム師】の肩書きに任せて全てガイウスにさせていたのは自分たちで、その【アイテム師】を勝手にクビにする事に決めたのも自分たちだ。


「で、でも、それなら教えてってくれてもいいじゃない!」

「馬鹿なのか? そこの【黒魔術師】のねぇちゃんは。冒険者なら自分たちで当たり前に知っていく事を他人任せにした挙句、教えてください、って言ったのか? 店で買い物するときに教わるくらいの常識を知らないと思ってる奴がいると思うかよ」


 ぐ、っとハンナも黙った。


 これ以上『三日月の爪』に依頼された事以上のサービスをしてやる義理はない。鍛冶屋の店主は、ドラコニクスの世話は忘れるな、と言って帰っていった。


 気まずい空気の中、目の前の「売るつもりだった物」を、とりあえずこのままにする事は暗黙の了解となった。


◇◇◇


 月の出る頃、シュクルが体を丸めている横で火を起こしていたガイウスは、夕飯のうさぎ肉と森で採集した果物や木の実で腹を満たして、愚痴を半分寝ているシュクルに対して呟いていた。


「俺もさ、別に積極的にパーティから抜けたかった訳じゃねーのよ。わかるか? でもさ、拠点では毎晩のようによろしくやってる声が聞こえてくるしさ……時には野営中のテントでまで! あぁ! イライラする!」

「……グァ」

「大体5人パーティでカップルが2つ出来たら、俺に一人ナンパさせる権利くらいあってもよくないか?! 俺だって……、俺だってさぁ……」


 ガイウスは見た目が悪い訳ではない。が、白に金の模様が入った豪奢な鎧と長めの片手剣、金髪碧眼で鍛えているグルガンは正統派にカッコいい。黒髪につり気味の赤目のハンナと並んでいると絵になるし、ハンナも出る所は出ていて引っ込むところが引っ込んでいるいい女だ。それを引き裂く気はない。


 ベンも重鎧に巨大盾と戦斧を装備し、その体躯は同じ男のガイウスが見上げるほどで、冷静で無愛想に見えるが正義感の強い仲間想いのいい奴だ。茶色の短く刈り込んだ髪に緑の目の逞しい顔付きは人を寄せ付けない雰囲気もあるが、一度でも一緒に旅をすれば優しい奴だと分かる。そんなベンは最前線のタンク役だから、バフや回復をするリリーシアと仲良くなるのは当たり前で……彼女は緑の太い三つ編みに丸眼鏡の【上級僧侶】で、引っ込み思案で服も着込んでるが、胸がでかいのは見ればすぐ分かる。顔だって可愛い。そりゃデキる。これももう仕方がない。


「だけど俺は全員のサポートをしてたのにさ! 彼女の一人くらいスカウトさせてくれよ!!」


 ガイウスは特徴のない黒髪に灰の目をした青年で、健康的だが【アイテム師】は後方で戦況を見てアイテムを投げるのが仕事だ。魔法弓だの短剣だのは護身かサポートに使うくらいでメインの火力にはならない。


 初級の【アイテム師】から上級職にならないのにも理由があった。


 と、そこまで考えた所でシュクルが顔を上げる。ガサガサと足音を立てて近づいてくる気配があったが、シュクルが敵意なしと見てまた丸くなったのを見てガイウスはそのまま焚き火の世話をした。


 やがて姿を現したのは、知り合いだが、特別親しいわけではない冒険者の女性、だった。


「ガイウスさん……ここに、いたんですね。よかった……」

「君は確か……ダンジョンで、君がパーティと逸れた時に一緒に外に出た子だよね。えっと、名前は……」

「ミリアです。ミリア・リコー。【魔法剣士】になりました」


 魔法剣士は上級職だが、かなり難しい部類に入る。基礎魔法を【魔法使い】で、剣技を5つ以上【剣士】で会得した者に与えられる職業だ。確か、以前は【魔法使い】だったと思う。一年以上前の事だ。


「どうしたんだ? こんな森に用はないだろう?」

「あ、あります! あの……っ!」

「うん?」


 ミリアは短めの鎖帷子に魔法銀の薄いプレートメイルを纏い、剣と背中に予備の杖を背負っている。装備の質からレベルもガイウスと同じくらいだ。【魔法剣士】ならばどこのパーティでも歓迎されるだろう。中・近距離に強い火力特化の職業だ。


 見た目も可愛い。年齢はガイウスの少し下だろうか、同年代には変わりない。銀髪の長い髪を高い位置でくくり、アメジストの瞳は大きく、ところどころに覗く腕や太腿の肌は白い。頰は桃色に色付き、唇も小さく可憐な花弁でものせているような、誰がどう見ても可愛い女性。その上、胸も大きく腰も張っている。


 その脚をもじもじとさせながら、焚き火を挟んだ向こう側のガイウスに、どう言おうか迷って、意を決して発言した。


「私と、パーティを組みませんか?!」

「えっ……、なんで?」


 ガイウスの反応は反射的に出てきたものだが、ミリアはどう説明したものか迷っていた。


 側から見ていれば「どう見ても気がある」ミリアの行動に、ガイウスは全く気が付かない鈍感だった。

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