表情
ナチュラルに惚気るのやめてもらっていい?
「……そういえば、なんですけど」
「ん、どしたの森永くん?」
高校三年生に進学したばかりのある昼休み、
「あの、その、スターライトのこと……なんですけど」
「うん」
「なんか……昔より、表情がなくなってないですか……?」
「あー……」
総じて心当たりがあるのか、それぞれに頷く御門と桃園。顔を見合わせる二人とは対照的に、神風はきょとんと首をかしげた。
「……え、以前はもっとわかりやすかったのかい?」
「わかりやすかったっていうか……今と違って、笑うときは普通に笑いますし、声を荒らげることもそれなりにありましたし……」
「ひぇー……全然想像できないよー」
丸っこい瞳を軽く見開き、桃園はいちごサンドを一口かじる。その隣の席に頬杖をつき、御門は興味なさげに口を開いた。
「ほんとに表情変わらないし、興味ないことはとことん気にしないしね……爽馬が絡まないとこじゃ、最悪寝てるんじゃない?」
「どっちかっていうと電子辞書とかいじり始めるなぁ……今やってる面談も心配だよ。変なことになってなければいいけど……」
「爽馬は嫁か何かなの?」
「嫁って……ボク一応男なんだけどなぁ」
困ったように頬を掻き、神風はスープジャーの蓋を開ける。スプーンで中を軽く混ぜつつ、何気なく呟いた。
「でも、いくらスターライトの表情が乏しくても、慣れれば普通にわかるんじゃないかい?」
「……え?」
「……え?」
呆然としたような桃園の声に、神風は思わず手を止めた。見回すと、森永が穴が開くほど神風を見つめ、御門が軽く引いたように口元をひきつらせている。彼らの間に流れる微妙な空気を察したのか、桃園は半ば無理やり話題を探して……。
「じゃ、じゃあさ! 山田くんの表情の見分け方とかさ、もしかしたら、あったりするの?」
「話題全く変わってませんって」
「あぁ、うん」
「うんじゃないんだよ、うんじゃ」
御門の言葉には困ったような笑顔を返し、神風は隣の席に視線を流す。今までの彼の表情を思い返しながら、口を開いた。
「ポイントはやっぱ、目元かな」
「えー……眼鏡かけてるし、一番わかりづらいポイントじゃん……」
「そう言われても、他のパーツはあんまり動かないからなぁ」
困ったような笑顔を浮かべ、神風はスープを一口飲む。御門がロールパンの最後の欠片を口に押し込みながら、どうでもよさそうに問うた。
「それで?」
「うーん、嬉しい時は若干目が開いて、ちょっとだけ光が強くなるよ。ほっぺも若干血色良くなる気がするけど、本当にちょっとだけだからなぁ……」
「あ……それはわかる気がします。中学時代も嬉しい時とか、すごく目がキラキラしてましたし」
「えぇ……想像できないんだけど」
山田の恋人である神風、山田と同じ中学に通っていた森永。そんな二人を宇宙人でも見るように眺めつつ、御門は野菜ジュースに口をつける。桃園はいちごサンドの欠片を飲み込み、さらに問いを重ねた。
「じゃあ、悲しいときはどーなるの?」
「そうだなぁ……視線が下がって、まぶたと眉もちょっと下がるかも。目元だけ俯いてる感じ……って言ったらわかるかな?」
「いや、わかんないから」
「……ごめんなさい、ぼくもわかりません」
縫い針のような御門の言葉と、小動物じみた森永の呟き。悩むように顎に手を当てる神風に、桃園はからかうように口を開いた。
「でも神風くん、本当に山田くんのことよく見てるんだねー」
「よく見てるっていうか……何気なくそっち見てるうちに気付く感じかな。ちょっとした視線の動きとか仕草とか、そういうのも気になったりするだろう?」
「……まぁ、わからなくもないけどさ」
渋々といった感じで頷く御門と、悩み抜くようにぎゅっと目を閉じる桃園。森永はタコさんウインナーを小さくかじりつつ、小動物のように頷く。
「確かにそう、ですけど……でも神風くんたち、授業中とかもたまにアイコンタクト取ってますよね……?」
「……え、そんなに?」
神風の隣の席の森永は、当然のように彼らのやり取りを見ることができる。しかし、当の神風は無垢な瞳を軽く見開いていて。その反応から察するに、彼らは。
「む、無意識でやってたんですか……!?」
「……多分。うぅ……なんか指摘されると恥ずかしいな」
「なんだろう、ナチュラルに惚気るのやめてもらっていい?」
「あっはは、末長くお幸せにー」
ほの赤く閉まった頬を片手で押さえ、神風は顔を隠すように俯く。軽く肩をすくめて、森永はプチトマトをそっと口に運んだ。
赤い糸屑 ――不意打ちの山田くん外伝―― 東美桜 @Aspel-Girl
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