不安も恋のスパイス

新巻へもん

俺の直観は当たらない

 はあはあ。死ぬ。また外した。


 今日も俺はフィットネスソフトに励んでいる。彼女のミキに太ったと問われ否定した以上はそれを事実にしなければならない。毎朝走っていたがそれだけでは効果が薄いと、部屋の隅っこで埃をかぶっていたコントローラーを引っ張り出して運動に励んでいる。まあ、ゲームをしながら体が締まるなら一石二鳥。


 このソフトはゲームを進めるのにフィットネスを強制される。仮想のフィールドを駆ける際にも途中でスクワットを強制されるのだが、途中で現れる敵を攻撃するのもフィットネスだ。敵は最大で同時に5体現れる。攻撃できる技には単体攻撃から複数攻撃まであるが、それぞれに数値の差があった。


 中には腰を振るだけという謎なものもある。ミキがやっているなら可愛いが男がやっていても美しくない。というか正直不気味だ。結構虚無になる。そして、今、俺が死に瀕しているのは、5体に攻撃ができる中でも高めの数値を与える技だった。新しく使えるようになったので気軽に使ってみて、激しく後悔している。


 マウンテンクライマー。体を下向きにして、両手を肩幅で伸ばし、足腰を伸ばした状態から片足ずつ胸に引き寄せては伸ばす運動だ。床相手に膝蹴りを繰り返す動作といえばイメージできるかもしれない。これがきついのなんの。最大負荷に設定しているので約60回やらないと終わらない。小学校の時は運動が得意だったのに……。


 途中休憩を挟み、何とかこのステージを終えた。ゲームからそろそろ止めることを促されたので大人しく従う。整理運動をして床に倒れこんだ。息を整えながら、自分の直感のなさを笑う。昔からそうだった。ピンときたつもりで行動すると大抵は誤った選択肢であることが多い。一番恥ずかしかったのは高校生の時だ。


 ***


 なけなしの勇気を振り絞ってミキに告白してOKを貰ったまでは良かった。夏休みの最後の思い出に水族館デートをしたのもいい思い出。問題は新学期が始まってからだった。お互いに付き合っている相手ができたと吹聴するタイプじゃない。俺も学校でべたべたするつもりも無かった。


 ただ、学校でミキがぼーっとしていることが多くなる。俺が視線を向けていることにも気がつかなくなった。周囲に分からないようにそっと目を細めることもない。何かあったと感じて口の中が苦くなる。なんとなく疎外感を感じるようになり、もやもやが悪い予感に変化し始めた9月の中頃に事件が発生した。


 教室の隅っこで女子同士で何かの話に打ち興じているのを聞くともなく聞きながら、俺はうつらうつらしていた。連日の残暑で寝不足だったし、当時はまっていたカードゲーム「センゴク☆サモナー」の3周年記念パックの代金をどうやってひねり出すかに悩んでいたこともある。


 いつぞやのように恋バナでもしているだろうか。華やかな声が風に乗ってやってくる。あの時は偶然立ち聞きしてしまったのだが、ミキは俺のことを2番目だと言っていた。そういや、OKを貰ったけど、俺は2番目なんだよなあ。ミキに限って二股ということは……。最近のミキの態度が気になり始めた。


 そうなると眠気が覚めてしまい、全身耳となって聞き耳を立てることになった。そっと、ミキの方を伺う。はつらつとした笑顔が眩しい。最近は俺に対して見せることがあまりないような気がする。そこへ、決定的な声が聞こえた。

「彼氏のタケシがさ……」

 あっと思った。もちろん俺の名はタケシではない。


 その日の午後の授業の記憶はない。授業が終わるとそそくさと帰り支度をする。校舎の外に出ると直射日光がじりじりと体を焼いた。でも、その熱が伝わらないほどに俺の心は冷えていた。足音が近づいてきて横からミキが覗き込む。なんかバツの悪そうな顔をしていた。ああ、やはり。俺は破局の未来に怯える。


「あのさ」

 普段のミキからすれば想像できないほどの遠慮がちな声。俺は返事すらできなかった。


「ごめんね」

 心臓が跳ね上がる。

「最近ちょっとヒロのことを構ってなかったよね。実はねえ、ちょっとはまっちゃってさ。彼氏のタケシに」


 なんだよ。俺に向かって直接そんなことを言うのかよ。唇をぐっと噛みしめる。

「昨日もレッドクリフを夜遅くに見ちゃってさ。ヒロは見た? チャン・ツィイーもキレイだよね」

「は?」


 世にも間抜けな声が出る。

「何の話だよ?」

「だからさ。俳優の金城武。孔明って感じじゃないと思ってたけど、やっぱ役者だね。アレはアレで有りかなって」


 安堵でしゃがみこもうとする俺をミキがどうしたの、という顔で見ていた。

「はは。金城武ね。彼氏のタケシじゃなかったんだ」

 よせばいいのに心の中のセリフが口から漏れる。とたんにミキがケラケラ笑い出したと思ったら、プンスカ怒り出した。

「もう。私の浮気を疑ったな」


 お詫びにコンビニでアイスを奢らされた。自分も食べたが味がしなかったのを覚えている。 

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