直観を育てよ

入川 夏聞

本文

 というわけで、いつも私は『直観を育てよ』とヒヨッコどもには指導している。


 いざというときに頼りにできるのは、己の直観だけである。

 直観とは、過去の正しい経験の積み重ねなのだ。

 それは、経験の差で、単純に死に損なった数とも言える。

 少なくともプロならば、私ならばそう考える。


 彼は、大型ライトに怯えずに、暗い物陰の方へ飛び込むべきだったのだ。

 何しろそういうとき、修羅場の積み重ねがものを言う。

 我々は、このケースから教訓を学ばねばならぬ。

 これは悲劇と呼べるだろう。

 撃ち殺した方はまんまと逃げおおせてしまった。

 カッファンは深く悲しんだが、全てはあとの祭り。

 「ハハ、どうだ、血だッ! 血が吹き出しやがったッ!」

 実のところ、その声の主はその場の誰よりも経験豊富だった。

 ドノヴァンの絶望的で乾ききった笑い声が響き、倉庫内は凍てつく寒さだった。

 彼がその死を避けられなかったのも、それゆえだった。

 彼の胸はその弾丸で風穴が空いて、そこから鮮血が猛烈に吹き出していた。

 当然、凶弾は明るく光る方へと放たれていた。

 だが、彼を狙う側もその光に怯み、ゆえに、それを狙っていた。

 彼は、その光の方へと飛び込んでしまったのだ。

 よく見るべきだった。

 アシロは未熟なために、その強い光へ首を反射的に向けていた。

 そのため、ヤツは咄嗟の判断が効かずに無闇に引き金を何度も引いていたのだ。

 突然銃声が轟き、そのときのドノヴァンは多少混乱していた。

 アシロはあろうことかそんな彼を撃つ前に、威嚇射撃する余裕まで見せていた。

 倉庫の片隅より、まっすぐなライトがドノヴァンの目に突き刺さった。

 もしも彼がきちんとした経験を積んでいたら、直観が助けてくれたはずだった。

 死神は、こういうときに運命の悪戯を仕掛けるのだ。

 そのころのアシロは相手の姿を認め、すでに勝利を確信していた。

 そして、彼は電源がまだ生きているその大型ライトを利用しようと考えた。

 カッファンは危険を感じて高所を走り回り、それに気づいた。

 何とかしなくては。

 ドノヴァンは、すでに地上でアシロとお互いに銃を構えている。

 彼はそんな状況でも、まだ生きている後輩をずっと気にかけていた。

 だが、カッファンは倉庫内を見下ろす高所にいて、まだ銃はそこに届かない。

 未熟な後輩を、何としても救わねばならぬ。

 アシロは奇妙なほどに強気だった。

 ドノヴァンは、明らかに狼狽していた。

 まさかそんな状況で、自らを狙う相手と鉢合わせるとは……!

 その倉庫の中心は、ちょうど社交ダンスができるくらい開けていた。

 彼はもちろんあたりを十分警戒しながら、中心方向へと歩みを進めていた。

 アシロはその地上を、銃を構えて進んでいたのだ。

 倉庫の地上には荷物は少なく、開けていた。

 月明かりだけがかすかに、高所の窓より中を照らす。

 そもそも始めは、アシロとカッファンらも相手を探し合う状態だったのだ。

 ドノヴァンはまだ姿が見えていなかった。

 相手がどちらにいるのか、薄暗い倉庫では全くわからなかった。

 そうして仕方なく彼とカッファンのコンビは地上と高所に別れてしまったのだ。

 アシロには、広く動ける地上の方が都合が良いはずだとも思ったのだろう。

 ドノヴァンは彼よりも更に経験豊富なエージェントだった。

 だからカッファンはそう判断して、あえて自ら倉庫の高所へ昇った。

 強い相手には当然、経験豊富な方を当てるべきである。

 それが、皮肉な結果になってしまった。

 裏をかかれる可能性は低いと見てしまった。

 本来、手練は高所にいるのがセオリーのはずだったのだ。

 あとで、最後にどうなったかをもう一度よく思い出してほしい。

 死んでしまった者は、結局は『直観』を育てきれていなかったのだ。

 そんな経験の足りぬ者が無闇に突っ走って無理をして、それでどうなったのか。

 そもそもの話、真っ暗な倉庫内の捜索は、未熟者には危険なのだ。


 ドノヴァンは湾岸倉庫に逃げ込んだ手練のイカれた暗殺エージェントである。

 担当していたのは、ベテラン刑事カッファンと新人のアシロ。

 このことを混乱しないように。

 記録によれば、この事件は真夜中に起こったということだ。


 さて、それでは最初の講義を始めよう。

 この文も君たちの国のルールに合わせて書くことになった。

 君たちの国は、とても変わっていると私は思うが、それはいいだろう。

 下から上に読む、というのは、奇妙な心地ではある。

 世の中には、おかしな国もあるものだ。

 私は、国際警察機構より派遣されたゼンダン警部である。

 ごきげんよう、諸君。

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