直観が結んだ縁

和辻義一

直観が結んだ縁

「ねえ……私達、付き合ってみたら案外いい感じだと思わない?」


 カクテルのグラスの中身を飲み干しながら、隣に座っていた女が俺にそう言った。あくまでも人数合わせということで、会社の同期に無理矢理呼ばれて参加した合コンの席でのことだった。


 合コンに参加している女性メンバーのうち、その女はいわゆる「大人の美人」という奴だった。二十五歳の俺よりも、おそらくは少し年上で、口性くちさがの無い言い方をしてしまうと「少しとうが立っている」が、それを補って余りある美貌の持ち主だったと言える。実際、男性の参加者のうちの何人かは、こちらの方を見ながら何やらそわそわとしていた。


「何でそう思うんですか?」


 俺が尋ねると、女は赤く形の良い唇をにっ、と吊り上げて笑った。


「何となく、かな……女の勘ってやつかしら?」


「それは直感ですか?」


「うーん、そうねぇ。そうなのかも」


 中身を飲み干したグラスに残った氷をからからと鳴らしながら、女は歌うように言った。


「君はどう思う?」


 女の問いを、俺は曖昧に笑ってごまかした。ビールは炭酸で腹が膨れるので、あまり好きでは無かった。俺の手の中にあるのは、ロックのウイスキーだった。


「笑ってごまかさないで、何とか言いなさいよ」


 女は少し拗ねたような、怒ったような雰囲気で、小さく口を尖らせた。ウイスキーを一口飲んでから、俺は曖昧な笑みを浮かべたまま答えた。


「俺達、まだ知り合って一時間ぐらいしかたっていませんよ? そんなの、分かる訳がないじゃないですか」


 俺がそう言うと、女は口にこそ出さなかったものの、俺の回答に対して明らかに不満があったようで、それからすぐに他の男の隣へと移動していった。きっと女の目には、俺は「ノリの悪い、何ともつまらない男」に見えたのだろう。


 俺が答えを濁したのには、それなりの理由があった。その理由をそのまま口にすれば、おそらくは近くにあったグラスのお冷を、頭からぶっかけられていたかも知れない。


 まず第一に、女は相当の美人であるにも関わらず、この合コンという場に顔を出していた。普通に考えれば、彼氏を探すのに何一つ不自由しなさそうなレベルの美人が、である。


 それなのに、このような合コンの場に姿を見せ、出会って一時間とたっていない男を相手に「付き合ってみたら、案外いい感じなのではないか」などと、自ら積極的に言い寄って来た。明らかに不自然であり、彼女のような美人が未だにフリーだというのには、必ず訳があると思った。その訳が何なのかまでは、俺はわざわざ詮索する気はない。


 そして第二に、俺達二人の相性が良いのではと言った理由について、女は「女の勘」だと口にした。論理ではなく、一時の感情あるいは曖昧な直感がその理由だったらしい。その様子から、俺にとっては相手が「第一に己の感情で物事を判断する女」だと理解が出来た。きっと彼女には、「俺との相性が良い」ということについての具体的な理由は、何一つ説明できないことだろう。


 そういった女が好みの男、そういった女を許容できる男は、世の中にごまんといるのかも知れないが、あいにくと俺はそれらのうちの一人には含まれていない。


 そして第三に、一つ目と二つ目の理由から、この女に関わるとかなりの確率で、ろくな目に合わないのではないかと俺は思った。おそらくは彼女の年齢から考えても、かなりの確率で結婚を迫られる可能性があるだろう。なにぶん「女の勘」で動くような相手である。感情的になってこちらを振り回してくる可能性は、何となく予想が出来る。


 以上、三つの観点により、俺の「直観」が「この女とは関わり合いになるな」と言っていた。俺が女への返事を曖昧にしていたのは、それが理由だった。


 合コンの席のあちらこちらでは、男女が仲良く話に盛り上がっている。今更その輪の中に割って入ってまで、女と話がしたいなどとは思っていない。俺は特にすることもなかったので、冷め始めた料理を所在なくつつきながら、ちびちびとウイスキーを舐めていた。


 そんな俺の隣に、他の席から移動してきた女が一人腰を下ろした。先程の女に比べると、見た目は十人並みで化粧も地味で、あまりぱっとした感じがしない、俺よりも年下の若い娘だった。


「すみません……ここ、ご一緒させてもらってもいいですか?」


 娘はおずおずと、俺に尋ねてきた。別に断る理由も無かったので、俺は目の前の料理の皿をつつきながら答えた。


「別にいいけれど、俺と一緒にいても、何も面白いことはないと思うよ?」


「いえ、それは全然良いんです……実は私、こういう場所に来るのが初めてで、要領が良く分からなくて」


「ひょっとして君も、人数合わせのために呼ばれたとか?」


 俺が尋ねると、娘は少し恥ずかしそうに笑って頷いた。


「どうにも私、こういう雰囲気の場所が苦手でして……でも、貴方と一緒だったら、とりあえずは何とか自分の居場所が確保できるかなって。駄目ですか?」


「そういったことなら、別に全然構わないが……ちなみに俺は男前でも金持ちでもないし、愛想の一つも言えないような奴だぜ?」


 俺の言葉に、娘はクスリと小さく笑って答えた。


「愛想の話は、さっきの先輩とのやり取りを見ていて分かっています。別に私は、それは苦になりません……もっとも、貴方が私といるのが嫌だっておっしゃられるんでしたら、もう少し離れたところで適当に時間を潰しますが」


 ここまでのやり取りで、俺の「直観」は、目の前の娘は少なくとも害になるような相手ではないと判断を下した。娘はそれ相応の理由があって俺の側に来ていて、相手に対する気遣いもそれなりに出来る人物であるようだ。


 俺はドリンクメニューを娘に差し出した。


「じゃあ、お互いに居場所がない者同士、適当に時間を潰そう。とりあえず、何か飲み物でも頼んだら?」


 メニューを手にした娘は、少ししてから言った。


「えっと……それでしたら、オレンジジュースをいただこうかな」


 彼女の言葉を聞いた俺はテーブルの上の呼び鈴を押し、店員にオレンジジュースを一つ注文した。娘は少しほっとした様子で、小さく首をすくめて俺に笑いかけた。


「実は私、お酒はあんまり飲めなくて……すみません」


「別に謝る必要はないだろう? そんなもの、人それぞれだ」


 俺がそう言うと、娘は嬉しそうに笑った。酒が回っていたせいか、その笑顔はなかなかに可愛らしいと思った。


「優しいんですね……そう言ってもらえると、とっても助かります。向こうの人達には『こういう場では、ノリが大事なんだから』って言われちゃって」


「……何だよそれ、単なるアルハラじゃねぇか」


 優しいとまで言われたのは少し意外だったが、ノリで酒を飲むことを強要していた他の連中に対しては、少し嫌悪感を感じずにはいられなかった。


 それから俺達二人は、お互いに出来るだけ他の連中から干渉されないよう、他愛のない話をしながら適当に時間を潰した……それが、後の妻との初めての出会いの場面だった。

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