第4章 最北に、根付く

第23話 甘くてにがい(SIDE耕平)

 寒波が襲来し、見通しの効かない悪天候の影響で、村の学校は臨時休校となった。

 千波の仕事も、車の運転は危険だからと、耕平が借したノートパソコンを使ってリモートワークをするようだ。個人情報などに関わらない事務仕事をすると言っていた。


「それ、何してんの?」


 千波の仕事に興味があって、飲み物を取りに行ったついでに画面を覗いてみる。


「データ分析。倫子さん、ピボットが使えないって言うから」

「へぇ。千波、エクセル得意なんだ?」

「オフィスの資格、満点合格」

「すげぇな」

「仕事って結局、一緒に働くメンバー次第なんだよね。私は大抵の人間が嫌いだから、能力はそれなりでも長続きしないクズ」

「倫子さんとは、今の所は?」

「私史上最高に居心地のいい職場」

「よかったな」

「うん。休憩するなら珈琲淹れようか。試作品のお菓子をもらったの。ガレットブルトンヌとかいうやつ。一緒に食べよう」


 淹れた珈琲を持って、ソファへ並んで座った。

 窓の外は、吹き荒れる雪で真っ白だ。


「今外に出たら、どんな感じ?」

「寒いってか、痛い」

「バナナで釘は打てる?」

「打てるかもな。あ、シャボン玉凍るぞ。吹雪いてない日にやってみる?」

「やる! 楽しそう!」


 柔らかな空気の中で沈黙が満ちて、二人はそれぞれ、ザクザクした食感でチーズの風味がするお菓子を味わい、珈琲を飲む。

 短い間の後で、千波がぽつりと呟いた。


「こんな日に産気づいたら、どうなるのかな?」

「俺が頑張って車を運転して、病院に駆け込む」

「病院、近い?」

「近くはないな。千波の実家に帰って産むほうが安全だと思う」

「実家は、嫌だな」

「したら、札幌か旭川か」

「村の人たちはどうしてるの?」

「家族が病院まで運転するか、運転できる家族がいないなら、消防署と連携する制度があったな」

「結婚式の次は、妊娠出産についてみんなに聞かないとだね。耕平くんとだと、すぐにできちゃいそう」


 のんびり笑う千波の横顔を見て、耕平の顔は、羞恥で熱くなる。


「ヤバい? がっつき過ぎてる?」

「耕平くんに触れられるのは、好き。嬉しい」

「そっか。出産について、俺も友達に聞いてみる」

「うん。お願いします」


 微笑んだ千波の顔が近付いて、珈琲の香りのするキスをした。


「お仕事、再開しようかな」

「俺も。マグカップ、洗っておく」

「ありがと」


 雪に覆われた村の時間は、そうして穏やかに、過ぎていく。

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