僕は超能力で推理する?

小石原淳

多分、彼女は僕に魔法を掛けた

 その能力に目覚めたのは十歳の頃。

 当時、二時間サスペンスを親と一緒に観るようになっていた僕は、殺人限定だが、ドラマの序盤で犯人をしょっちゅう当てた。

 両親はそれなりに感心し、どうして分かったと聞いてくるのだが、僕は上手く説明できない。実際、理屈なしに何となく分かってしまうのだ。

 ところが実際の事件には通用しない。報道で事件のあらましや関係者の写真を見ても、犯人が誰なのか閃かない。映画やドラマ限定の能力かとがっかりしたが、数日後、ある事件の捜査が進展し、新情報を加えたこれまでのまとめをテレビでやっているのを見ていたときのこと。

 突然、事件全体が見えた感覚が起き、被害者の叔母が犯人と分かった。

 報道は被害者の妻を最有力容疑者とするものばかりで、叔母は完全ノーマーク。僕の思い込みや山勘ではない。能力のおかげなのだ。

 以降、現実の事件で能力が発揮される機会はなかなかなかった。殺人を扱った映画やドラマでは相変わらず高い確率で発動し、ほぼ間違いなく犯人を当てるられるのに。

 事件全体の世界が見えたような感覚が大事なんだろう。ドラマや映画だと事件全体の世界、言い換えるなら物語の世界を僕は最初から認識している。

 現実に起きた殺人に対してもこれと同じ感覚を抱けたとき、初めて犯人が分かる。そういうシステムの能力なのだ、きっと。


 そう自覚してから約一年、ようやく二件目の能力発動があった。事件が報じられて二日で僕には犯人が分かった。

 被害者は北関東の高校に通う女子高校生で、犯人は彼女の家庭教師をした経験のある女子大生だった。女子大生は被害者と最後に会った人物だったため、ノーマークとは言えないかもしれない。しかし動機面はノーマークで、秘めたる恋愛感情のもつれ故と後日知った。

 この能力を世間のために役立てたい。それにはもっと発動率を上げ、最低でもひと月に一件は解決したい。無論、殺人が起きなければそれに越したことはないが。

 でもどうすれば発動率を上げられる? 行き詰まった僕の目に留まった人がいた。同級生の桐崎夢子きりさきゆめこだ。

 彼女とは小中高と同じ学校に通いながら、クラスが同じになったのは高校二年の今が初めてだ。彼女はオカルト好きの女子のように見えて、占いや超能力を含めた非科学的とされることを無批判に信じるのではなく、疑いから入って行くタイプだ。かといって超常現象を信じる人を徹底的に攻撃する訳でもない。この分なら相談してもいいはず。


 放課後、校舎三階の片隅にある社会科資料室で、思い切って能力について打ち明け、相談を持ち掛けた。

「殺人犯を見抜く超能力があるかもしれない? へえ面白そう」

 第三者には突拍子もなく聞こえるであろう僕の発言を、桐崎さんはまともに取り合ってくれた。僕は自分の能力と実体験を、ポイントを押さえて伝えた。

「――と、こんな感じなんだ」

「今の時点での正直な感想を述べてもいい?」

「そのために話したんだ」

「まず、ドラマや映画の件は怪しいわ。役者でだいたい犯人が分かるって言われるほどだから」

「そうかな。少なくとも小学生の頃、そういう意識を持ってなかった」

「能力があると思って、たくさんその手のドラマを見てきた訳でしょ?」

「ああ」

「だとしたら犯人役の俳優の顔を覚えて、次にまたその人が出演するドラマを見たら、この人が犯人かもしれないと考えるんじゃない? そして当たった気分になる」

 うーん……そんな気がしないでもない。がっかりしたのが顔に出たのか、「やだ、落ち込まないでよ」と言われた。

「いや、俳優で判断してたのなら小説では犯人が分からないのは、説明が付くなと思って。でも、漫画で犯人が分かるのは?」

「たとえば、犯人のキャラクターに共通する特徴があって、それを無意識の内に感じ取っていた、とか?」

「そんな自覚はないよ。あったらこうして相談してない」

「はは。そりゃそうね。ま、フィクションの事例はどうでもいいわ。重要なのは、実際の事件の犯人が分かったこと。これまでに二例あるのね?」

「うん。まじで超能力を持っているとしたら、役立てたい。けど実績がたった二つだと頼りない」

「たまの閃きでも未解決事件の犯人を見付けられるなら、充分役立つと思うけど。まあいいわ。二例の内の新しい方なら、私もある程度覚えている。それを考えてみましょう」

「いいとも」

「テレビの報道で、何を見たときに犯人が分かった!と感じたのか、教えて」

 桐崎さんは生徒手帳を取り出し、僕が喋る前からメモをし始めた。

「日曜朝のワイドショーで、事件について詳しくやっていたときだった」

「具体的には? 犯人が分かったと感じた瞬間、画面は何を映していたか」

「えっと」

 記憶を掘り返す。関係者の写真はパネルでまとめて出ていて、それはコーナーの開始当初からあった。分かったあの瞬間に画面に出たのは……見取り図だ。

「どんな見取り図? 犯行現場かしら」

「犯行現場も含んでたかもしれないが、被害者の足取りを示す鳥瞰図みたいな」

「地図の上に線を引いたような?」

「うん、それ。鉄道の駅がほぼ中央で。被害者の女子高生は駅北口の自転車置き場に自転車を置いて、図書館と駅ビル内のショッピングモールに寄ったことが判明しているって。後に犯人と判明する女子大生は当初、『電車で駅に来て、駅南図書館に向かう途中、女子高生と会った。自転車置き場まで一緒に行き、改めて二人で図書館に向かった。そうして小一時間後、別れた』と証言してたんだ」

「ふうん。……被害者が図書館の駐輪場に駐めてないのをあなたは変に感じた、とかは?」

「それはない。実はその駅へは僕、何度も行ったことあって、周辺の様子も含めて頭に入ってる。図書館は駅に近いせいか、駐車スペースがない」

「そっか。でも周辺に詳しいのなら、あなたが無意識の内に違和感を嗅ぎ取った可能性も高まった気がする。――女子高生はどこから自転車に乗ってきたのか、覚えてる?」

「学校だ。下校時に寄った」

「高校の位置は確か、線路を基準にすれば、北側だったわよね」

 僕は黙って頷いた。彼女の発言に刺激されたのか、頭の中でもやもやしたものが膨らみ始めている。

「図書館はその呼び名からして、駅の南側にあるのよね?」

「あ、ああ……」

 もやもやが形作られてきた。

「ということは、駅に電車で来た女子大生は、図書館が目的なら、駅の北側には用はない。駅の改札はどうなっているの? 南口と北口がある?」

「うん、その二つ」

「じゃあ、女子大生は南口の改札を出た。ところが女子高生は北に位置する高校から自転車に乗ってきて、北口にある駐輪場に駐めた。一体全体どうやったら女子大生は、自転車に乗った女子高生と出くわせるのかしらね」

「ああーっ」

 僕は両腕を後頭部で組んで、思わず声を上げた。

「女子大生が嘘を吐いたか、あるいは女子高生は駅南側で先に済ませるべき用事があったがその関係者が名乗り出ていないか、かな。その関係者こそが女子大生っていう線も考慮すべきね。とまあ、こんな感じで推理したとすれば、女子大生を最有力容疑者だと判断することは、決しておかしくない」

「確かに……」

「あなたは洞察力に優れているのよ。一度聞いただけで細かい点をぱっと捕らえて、仮説を立てるのが得意なんじゃないかな。多分、他の番組から得た別の情報と合わせて、女子大生が怪しい、犯人だなって、無意識の内に推理したんだと思う」

「無意識の推理か……」

 肩を落とす僕に、桐崎さんは机をどんと叩いて、しゃきっとさせようとした(多分)。

「なに落ち込んでいるのよ。超能力じゃない可能性が高くなったから?」

「はっきり、超能力じゃないと分かった」

「超能力じゃなくても、素晴らしい能力よ。一を聞いて十を知る、みたいなことを簡単にやってのける」

「そうかな」

「ねえ、『シャーロック・ホームズ』シリーズを読んだことは?」

「推理小説では能力が発動して犯人を当てることはなかったから、ホームズに限らずあんまり読まないんだ」

「じゃ、知らなくても仕方ないか。ワトソン医師は初対面のホームズに細かな経歴を言い当てられ、物凄くびっくりするシーンがあるの。実はホームズは、ワトソンの外的な特徴から様々な情報を読み取り、そこから膨らませた推理を語っただけだった。それと同じよ」

 言いたいことがすぐには飲み込めず、僕は小首を傾げた。

「だからね、よくできたロジックは、知らない者からすれば魔術や超能力と変わりがないように見えるの。つまり、あなたのその洞察力は、超能力に匹敵するくらいに不思議だってこと」

「……名探偵と同等か。それも悪くはないね」

 僕は恐らくにやにやしていただろう。鏡を見るのが怖い。でもまあ、桐崎さんは笑っていなかったので、大丈夫だと思う。


             *           *


 びっくりした。

 あなたを好きっていう気持ち、ばれてないわよね?

 今まで全然気付かないくらい鈍いんだから、急に勘がよくなっても困るっ。

 ほんと、どれほど前から好きになったのか、あなたは当然、知らないわよね。

 小学生の頃のあなたの夢――名探偵になりたい――を叶えてあげるために、“事件を目の当たりにしたら犯人が分かる”能力が身に付くよう、私が魔法を掛けたの。

 なのに、その力のことを誰にも喋らないどころか、全然表に出さないなんて。まあ、私も子供で、考えが足りなかったのは認める。超能力を身に付けたと悟ったあなたは、秘密にしておかねばと思ったのね。無理ないわ。物語に登場する突発性の超能力者って、だいたい隠すもんね。私自身も隠してるし。

 今日のことで、多少は大っぴらに使うようになるかしら。洞察力が凄いってことにしちゃったから。

 それでいいの。あなたには落ち込んでいて欲しくない。

 ああ、こんなに時間が経つのに、まだどきどきしてる、心臓。

 まあ、いっか。

 七年ぐらい前に魔法を掛けたときに期待したのとは違う形になったけれども、あなたに接近できたんだから。


 おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は超能力で推理する? 小石原淳 @koIshiara-Jun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ