不憫な領主様のその後の話(3)

 森に行って以来、何度かアビーさんに会いに行ったのだが――。

 初めは気さくに話してくれていたアビーさんは、次第に口数が少なくなってしまった。


 あまり目を合わせてくれなくなったし、店を訪ねてもすぐに奥へと引っ込んでしまう。

 するとフェリシアさんが苦笑しつつ謝罪しては、「春の病を拗らせたんです」なんて言ってそれ以上は教えてくれない。


 春の病とは何だろうか。

 いきなり突き放されてしまったようで落ち込んだが、そもそも俺とアビーさんは領主と領民と言う関係で、深入りするべきではないだろう。

 

 頭ではわかっているのに心が晴れず、次第に《魔女の隠れ家》に行くのは止めた。


 そうしている内にティナとサディアスの結婚式の日になり、二人の式を見届けた後、ハルフォード邸の庭でガーデンパーティーが開かれた。


     ◇


「ジェフリー、来てくれてありがとう!」


 ティナとサディアスに声を掛けると、ティナは嬉しそうに笑いかけてくれる。


「ティナもサディアスも、結婚おめでとう。今日のティナもすごく綺麗だな。その髪型はサディアスにやってもらったのか?」

「そうなの。花嫁の姿を見るのは教会でって言ったのに聞かなくて、全部サディアスがしたよ」

「……全部、か」


 それは着替えも込みなのだろうかと野暮なことは聞かないようにしたが、サディアスの満足げな笑みを見て察するしかない。


「二人とも、幸せになれよ」


 無事に祝福の言葉を贈ることができて胸を撫でおろす。

 不思議と失恋の痛みは無かった。

 実を言うと今日を迎えるまで、俺は笑顔で二人を祝福できるのだろうかと心配していたのだが――。


「ジェフリー、あの時背中を押してくれてありがとう」

「礼を言われるようなことはしてねぇよ」


 ティナの幸せそうな顔を見ても、心の底から二人を祝うことができて安心した。


「で、ジェフリーの婚約者探しはどうなっているんだ?」


 サディアスはさして興味もなさそうな顔で聞いてくる。今日は今日とてティナのことしか考えていないのだろう。


「仕事が忙しかったから進展はねぇよ」

「そうやって仕事に逃げてるといつか後悔するぞ」

「わかってるって。今の仕事に片が付いたら本格的に探し始めるからよ」


 するとサディアスは唇の端を持ち上げて悪魔の如く不敵な笑みを浮かべる。

 新郎らしい純白の礼服が全く似合わないほどの邪悪さが漂う。


「そうじゃなくて、自分の気持ちから逃げるのはいい加減に止めろってことだよ。アンタはお人好しだから、また余計な考えに振り回されて自分の気持ちを抑え込んでいるんじゃねぇか?」

「……」


 サディアスが俺のことをそんな風に思っているなんて意外だ。

 そもそも俺の事なんてティナを狙う敵その一くらいでしかないと思っていたのだが、意外と仲間だと思ってくれていたようだ。


「いいか? 好きだと思ったら遠慮するなよ。アンタは遠慮しないくらいが丁度いい。ティナの護衛になるとほざいた時くらいの気概を見せろ」

「……なんで俺はサディアスに説教されているんだ?」

 

 心配してくれているのだろうか。

 それとも二度とティナに惚れないように牽制されているのか。

 

 その真意は掴めないままティナとサディアスたちとは別れた。

 神殿騎士団の連中と再会して話していると、とある騎士が顔を顰める。


「おいおい、どうしてあいつが来てるんだよ。サディアスが招待したのか?」


 視線の先を辿ればウィンベリー侯爵家の令息コリンが居て、何やら熱心に女性を口説いている。

 女性の方はこちらに背を向けている状態だから顔は見えないが、赤く長い髪がどこかアビーさんを彷彿とさせて、胸に鉛が沈んだような重苦しい感覚に襲われる。


 どうしてこんな気持ちになるのだろうか。

 これではまるで――と結論が導かれそうになって、慌てて視線を逸らす。


「祝いの席で堂々と口説くとは、ウィンベリー侯爵家もすっかり落ちぶれたものだな」


 ウィンベリー侯爵家は貴族派の筆頭ともいえる家門で。

 ここ最近は支持していたコンラッド殿下が王太子に選ばれなかったことから勢力が弱まっており、おまけに次期党首と目されていたコリンは女性関係にだらしなく社交界からは爪はじきにされている。


 しかし本日は招待客の誰かに連れてきてもらったのだろう。

 コリンは前に一度ティナを恋人にしようとしたし、弟のマイルズは聖女を辞めたティナを追って求婚しようとした。

 それに加えて今目の前で繰り広げられているこの事態。

 これがサディアスの耳に入れば間違いなく、サディアスがこの家門を潰してしまう気がする。


「相手も迷惑そうにしていることだし、止めに入るか」

「そうだな。……それにしても、見たことのない令嬢だな」

「あんなに美人だと有名になりそうだけど……」


 全員の視線が相手の女性に注がれている。

 釣られて視線を向ければ、その先に居たのはアビーさんだった。

 

 そうわかった時にはもう足が動いてしまい、気づけばアビーさんの肩をつかんで引き寄せていた。


「あ、あら。領主様、王都でお会いするなんて奇遇ね」


 アビーさんは平然とした声で話しかけてくれたけれど、目に見えて安堵した表情になった。

 相手は爵位を持たないとは言え貴族であるから、対応に困っていたのだろう。


「おや、ブラックウェル伯爵の知り合いでしたか」

「そうですよ。うちの領民を困らせないでください」

「困らせるだなんて人聞きの悪い。ただ歓談していただけですよ」


 ああ、胡散臭い笑い方だ。

 そう思いつつ、自分も作り笑いを返す。


 さっさとずらかろうとしたところで、コリンは逃がしてくれなかった。


「そう言えば、ブラックウェル伯爵のお兄様はお元気ですか?」


 聞かずともわかっているはずだ。

 兄上は恋人と駆け落ちをして、ブラックウェル家から縁を切られている。


 この事は社交界では公然の秘密で、敢えて触れるものはいなかったと言うのに。

 見え透いた悪意に溜息をつきたくなる。

 どうやら、口説いているのを邪魔した意趣返しで嫌味を言うつもりのようだ。


「お兄様は頭脳明晰で思いやりのあるお方と聞いています。期待の領主様が失踪して、領民たちはさぞや気を落としたでしょうね」

「ええ、兄上はみんなから期待されている人でしたから。何事もそつなくこなす上に人格者です。俺は、そんな兄上に嫉妬していますよ」


 誰もが兄上に期待をしていた。

 家族も使用人も家臣たちもみな、兄上が領主になればブラックウェル伯爵領は安泰だと口を揃えていたほどだ。


 だからこそ、俺は不安だった。

 俺は何ができるのだろうかと無力さに悩んでいたし、兄上が失踪して領主となってからは、兄上だったらもっと上手くできるのではないかと、兄上の影に悩まされている。


 苦い気持ちを飲み込んで笑顔を見せたその時、アビーさんがずいと前に出た。


「あら、私は今の領主様が好きよ。いつも私たちのことを気にかけてくれていて、時々街にやって来てはその辺にいる領民たちに紛れて困った人を助けてくれるのよ」

「アビーさん?!」

「変装しているし無言でウロウロしているしで最初は不審だったけれど、困っている人を見るとすぐに助けてくれる姿を見て好感を持つようになったわ。私たちをそばで守ってくれる、自慢の領主様よ」


 アビーさんの言葉が胸の内で温かな感覚となって広がっていく。

 領民たちとは一線を引いて接するようにしていたが、彼女が見ていてくれたことが嬉しい。


 ……そう言う事か。

 今、自分が抱いた気持ちのおかげで改めて気づいたことがある。


 ティナへの気持ちが整理できたのはきっと、アビーさんのおかげだ。

 あの日、ティナをサディアスの元に送り出した時、アビーさんが声を掛けてくれたから、卑屈になることも引きずることもなく自分の恋を終わらせることができたのだろう。


 俺はアビーさんに助けられてばかりだ。


「――と言うことで、今後も領民たちに期待されるような領主であり続けられるよう努力していきますよ」


 アビーさんの剣幕に呑まれていたコリンは俺の言葉に小刻みに頷くと、逃げるように会場を去った。


「アビーさん、助けてくれてありがとう」

「助けてくれたのは領主さんでしょう?」


 振り向いたアビーさんの榛色の瞳がすぐ目の前にあって、まだ肩を引き寄せたままだったのに気づく。

 アビーさんの顔がみるみるうちに赤くなっていくのを、思わずじっと見つめてしまった。


「いいや、何度も助けられたよ」


 ティナへの恋を終わらせた日も、一緒に森に行った日も、アビーさんの言葉が俺を救ってくれた。

 励まそうと思ってかけてくれた言葉ではないのかもしれない。

 そんなアビーさんだからこそ、俺は惹かれてしまったらしい。

 

 領主に好意を持たれるのを、アビーさんはどう思うのだろうかと不安が過る。

 それでも、気づいた気持ちを押し殺してはいけないと、サディアスの言葉に唆されてしまう。 


「アビーさんに提案があるんだけど――俺をアビーさんの弟子にしてくれないか?」

「……はい?」

「ついでに夫も兼任させてくれると嬉しいんだけど」

「~~っ?!」


 ぱくぱくと口を動かすアビーさんの前に跪き、その手に唇を触れさせる。

 息を呑む声が聞こえてきたが、幸いにも断りの言葉は聞こえてこない。

 

「俺もアビーさんのことが好きだから、一緒に居たいんだ」


 一歩踏み出すきっかけをくれたこの人と一緒に居られるように、もう一歩ずつ踏み出して近づいていこうと思う。


 そうして時間があればアビーさんの弟子として《魔女の隠れ家》に通い詰めて約一年の間、ティナやサディアスの力も借りつつ準備を進めて、フェリシアの祭りの日にアビーさんに求婚し――俺とアビーさんは家族になった。


 結婚してからもアビーさんは《魔女の隠れ家》の店主をしていて、休みの日には二人で森に行くのが習慣になっている。


 


***あとがき***

更新にお時間をいただきすみませんでした……!

そして、最後まで読んでくださり誠にありがとうございました。

本作はこのお話で区切りといたします。

ジェフリーが失恋の傷や、心の中に長年居座っていた劣等感から抜け出せるまでを中心に描きました。


ジェフリーの幸せを願ってくださり、また、彼を応援していただき誠にありがとうございました。

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不器用(元)聖女は(元)オネエ騎士さまに溺愛されている 柳葉うら @nihoncha

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