ドMじゃないはずなのにゴミを見る目で睨むあの子が好きな僕はおかしいのだろうか

まぁち

直観は心へと繋がっている



 隣の女子が好きである。理由はまだ無い。

 どこで好きになったのかとんと見当がつかぬ。


 そんな、どこかで聞いたことがあるニュアンス(本だったかな?)の文句を頭の中に浮かべつつ、僕は隣の席に座る女子を横目で見た。

 長いまつ毛を有したまぶたを物憂げにゆっくりとまばたかせ、本を開く黒髪の美少女。

 ポニーテール気味にまとめられた快活そうな髪型とは裏腹の、キツイ印象を与える切れ長な目はまさに高嶺の花といった具合の近寄り難い雰囲気を醸し出している。


 女子の名前はたしか、九重ここのえさんだったか。


 高校一年生の六月後半。そろそろクラス全員の苗字くらい覚えていて然るべき時期だが、まあ、色々あって未だにうろ覚えである。現在頑張って覚えている最中だ。

 だから好きになった女子の名前を「たしか」とか言ってしまう無礼を許して欲しい。

 いや、ほんとに好きなんだよ?嘘じゃないよ?なんで好きなのって言われたら「なんとなく」とか「直観っすね」としか言いようが無いけど。


 僕が好きなのは可愛い系のゆるふわ女子なので、こういうキツそうな美人系の娘は正直微妙だ。

 だけどいつの間にか好きだなぁと思ってしまったのである。なんでだろうね?うーむ。


「…………何か用?」


 そんな物思いに耽っていたら九重さんが僕の事を生ゴミでも見るような目で睨んできた。怖っ。


「え、えっとー……九重さんは何の本読んでるのかなぁって。ハードカバーの本を昼休みに読んでる人珍しくない?」


 まさか「なんで好きになったんだろうと考えてたのです」なんて言えるわけもなく、適当な言葉がベラベラと口から出てしまった。

 九重さんは僕の言葉に腹を立てたのか唇を噛み、


「そんなこと無いと思うけど」

「あーだよねーそうだよね。僕本とか読まないからさ、僕基準で考えちゃったよははは……」

「…………ああ、そう」


 九重さんはますます気分を悪くしたのか顔を俯かせた。心なしか黒いオーラが湧き出てる気がする。怖い。

 けど好きだ。……うん、我ながら訳分からんぞ。あ、もしかしてこれがM属性というやつか。


「…………………………」


 場に満ちる沈黙。

 周りのクラスメイトのガヤガヤだけが耳に響いた。

 ぐ、た、耐えられん……。


「じゃ、じゃあ、僕トイレ……」


「待って」


 僕がチキン魂を発揮させて緊急脱出しようと席を立ったところで、手首を掴まれた。ひんやりとした手。

 思わず胸が高鳴った。


「放課後、ちょっと付き合って」


 それが愛の告白でない事は文脈とその眼力を考えれば一瞬で分かったが、身体が触れたことが嬉しくて、二つ返事でオーケーしちゃったのは言うまでも無いだろう。



 # #



 放課後になった。

 僕は何に付き合わされるのか皆目見当もつかなかったからぼーっとしてたんだけど、九重さんに、


「行こ」


 と手を掴まれ校門の外まで連行されてしまった。

 道中「なんであんな冴えない奴が九重さんと!?」みたいな視線を一身に集めてしまって凄く居心地悪かった。うん。まあ、気持ちは分かるよ。僕だってなんでこんな状況になってるのか謎だし。


「こ、九重さん」

「何?」

「手、そろそろ離さない?」

「どうして」

「や、恥ずかしいと言いますか、九重さんに変な噂立ったら困りませんかと、そんな感じです」


 九重さんは交差点に差し掛かった所で立ち止まり、振り向く。


「別に、構わないけど」

「えっ」


 うーん?

 これはあれか?「むしろ都合が良いわ。だってあなたにはわたしの恋人になってもらうんだもの。“偽りの”ね」って感じのやつか?

 そして嘘の恋人を続けていく内にやがて二人は惹かれあっていくアレか!?

 ……いや、無いか。


「ホント、ころころ表情が変わるよね」

「はい?」


 心なしか緩んだ表情の九重さん。


 わけも分からず、僕は彼女にそのまま引っ張られて連行される。


 そして、辿り着いたのは寂れた小さい公園だった。

 まだ日は落ちてないと言うのに少し薄暗く感じるくらいの場所。

 滑り台とブランコだけが申し訳程度に取り付けられている。


「えっと……」


 なぜこのような場所に?と言外に含ませて九重さんを見る。


「ここ、何か感じない?」


 しかし九重さんはもっと謎めいた質問を僕にしてきた。


「さあ……?」

「……そう」


 そう言って彼女はまた歩き出した。

 僕も引っ張られる形でついて行く。

 そしていろいろな場所を僕らは回った。


 大きなショッピングモール。

 近所の書店。

 おしゃれなカフェ。


 とにかく色々巡って、その度に同じ質問をされた。

 僕も同じような返しをした。


 そして、日が沈み切った暗がりの中、九重さんが最後だと言って連れてきたのは大きな桜の木が並ぶ広場だった。

 今はすっかり青葉が生え揃っていて、見た所でなんの感慨も湧かなかったけど、九重さんはその並ぶ木々を懐かしそうに目を細めて眺めていた。


「ここは?」

「中学生の時わたしが告白した場所」

「え?」

「好きな人と、恋人になった場所」


 言われた瞬間、愕然とした。そ、そうか、九重さん彼氏いたんだ……。


 僕が勝手にガチ凹みしていると、誰かがしゃくり上げるような声が聞こえた。

 顔を上げて横を見る。


 九重さんが泣いていた。


「え?こ、九重さん!?」

「……本当に、何も覚えてないんだ」

「……は、い?」

さとる君」


 呼ばれる。

 の自分の名前。


「わたし、智君が好き」

「――っ」


 瞬間、頭の中のモヤが晴れたような、そんな感覚が走った。


「ころころ変わる表情も、変な気遣いばっかりする所も、わたしの趣味に合わせて、無理して漱石読んできたりするところも好き」


 突然の告白。

 驚いているはずなのに、どうしてかその衝撃は少なかった。まるで、既に知っていたかのよう。


「普段はふにゃふにゃしてるのに、いざと言うときには勇敢な所も、大好き。大好き……だけど、」


 九重さんは流れる涙を拭いながら、


「なんで、あんなことしちゃうかなぁ……」


 僕の制服を掴んで、胸に頭を当てた。


「なんで、わたしのこと忘れちゃうかなぁ……!」


 その時、僕の頭に映像がフラッシュバックし、駆け巡った。


 暴走する車。歩道に入ってきたそれを見て、咄嗟に隣の九重さんを突き飛ばす僕。ぐちゃぐちゃになる視界。


「な、んだ、これ」


 いや、ああ、そうか。これは、事故の記憶だ。

 僕が遭った事故の記憶。……。


 そしてなにより重要だったのは、


「九重さん……?」


 彼女がいたことだ。僕の隣を歩く、笑顔の九重さん。

 なんでそんな映像が浮かんだのか。僕の中に湧き上がるこの暖かい気持ちは?そして、なんで僕は九重さんが好きなのか。

 答えは、一つ。



「……智君」

「何?」

「智君にとっては、迷惑かも知れないけど、気持ち悪いって思うかも知れないけど、わたし、智君がわたしを忘れてても、わたしは忘れないから。ずっと、わたしっ……好きだから……!」


 涙を引っ切り無しに流し、九重さんは感情を爆発させた。


「っ!」


 考えるより先、体が動いた。

 僕は九重さんを、を抱き締めていた。


「さ、とる、君?」

「あ、その、えっと……」


 考えがまとまる前に取った行動だから、言葉が上手く出て来ない。

 だけど、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「正直に言うけど僕、事故以前の記憶、ほとんど無くて。戻るのかすら分からないってお医者さんから言われてて、だから、九重さんとの思い出とか、もう思い出せないかも知れないんだ」


 きっと、さっき巡ったのは僕達の思い出の場所だったであろう場所だ。そこを見ても全く何も思い出せなかった。多分厳しいだろう。


「だけど、なんでか分からないけど、教室で九重さんと数日過ごしただけで、いつの間にか僕はキミを好きになってたんだ」

「え……?」

「多分さ、心が覚えてるんだよ。キミが好きだったって覚えてたんだ。だから、えっと、なんて言うか……」


 んー、と悩み、考えを巡らせても適切な言葉が浮かばなくて、


「大好きな九重さん、もう一度、僕と一緒に思い出を作ってください」


 結局僕は勢いに任せて想いを届けた。

 顔が沸騰したかと思うほど熱くなりながら、それでもはっきり、正直な気持ちを伝えた。

 が、


「ひ、っく、さ、さとる、君……っ!」

「あれ、こ、九重さん?」


笑ってもらおうと思ったのに九重さんはもっと大号泣し始めた。


「ざとる、ぐぅぅぅん!!」


 綺麗な顔を歪め、某磯野くん大好きさんみたいに更に泣きじゃくり、九重さんは僕を強く抱きしめる。


「……ごめんね」


 思い出せなくて、ごめん。


 自然と、彼女の頭に手がいく。

 彼女が泣き止むまで、僕はしばらく抱きしめ続けていた。



 # # 



 次の日、僕が両親から心配そうに見送られて玄関を出ると、家の前には九重さんが待っていた。

 陶磁のように白い肌が朝日を反射して、とても綺麗だ。

 というか、昨日この子があんなになって泣いてたんだなぁって思うと不思議だな。


「……何」


 じっと見たまま何も言わない僕にゴミを見る目を向ける九重さん。

 あ、これ素なのね。悪気ないのね。


「いや、こんな子に告白されるなんて、以前の僕はどんなやつだったのだろうと」

「変わらないよ。智君は今も智君」


薄く笑む九重さん。気を使っているようには見えない。彼女の中では本当にそうなんだろう。


「そっか……」


 実感は全く無いが、僕は以前の智をキープできているらしい。なら良いけど。


「あ、そういえば」

「?」

「僕結局、昨日の返事を貰ってないけど、九重さんは僕と恋人なんて大丈夫?」

「…………」


 僕の問いに九重さんは不満げに頬を膨らませた。

そして、


「あの、九重さ……んっ!?」


瑠璃るりね」


 僕の唇に唇を押し当てて、恥ずかしそうに言った。



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