論より証拠が勝る瞬間

水涸 木犀

episode3 論より証拠が勝る瞬間[theme3:直観]

 客観的にみて、彼は天才だった。


 大学で履修したどの教科でも出したレポートはどれも独創的と評価され、学科試験では圧倒的な首位をマークし、大学院には特待扱いで主席入学を決める。皆が彼をたたえる一方、行動を共にしていた俺は「クレインの寄生虫」などと揶揄やゆされることもしばしばあった。嫌みを浴びせる人に対して、彼はさらりとこういったものだ。

「オウルは、僕にはない才能をもっている。オウルがいて初めて、僕が成り立つのさ」

 何を気障きざなことを。幾度となく発せられたその言葉を聞くたびに、当時の俺は迷惑そうに彼をにらみつけていた。そうした態度も災いしたのだろう。人当たりの良い彼と近いコミュニティに属していたにもかかわらず、俺には全く友と呼べる存在ができなかった。

 それでも、彼が俺を見捨てることはなかった。ひとりでいることを好む俺に構わず、ことあるごとに絡んできた。


「オウル、この記事を読んだかい?」

 彼が通信端末から卓上に向けてあの文章を投影してきたのも、そうした日々の絡みのひとつだった。

 通信端末に記録した文章、映像のファイルデータは個人コンピューターに移して見るのが普通(昔のUSBメモリとやらと同じらしい)だが、大学のグループワーク時などは机上や床に資料を投影し、全員で同時に閲覧することもある。俺は個人でじっくり見たい派なので投影機能を使ったことはないが、こうでもしないと見ないと思ったのだろう。しぶしぶ、目の前の机上に映された文章へと視線を移した。


 どこかの雑誌の記事のようだ。三段組で連ねられた文章の表題には、「人類が住める星が見つかる−オリーブを見つける鳩の育成が課題−」とあった。

「宗教団体の宣伝記事か?」

「いや、最後まで読んでもらえればわかる」

 すぐ顔を上げた俺に手を振り、続きを読むよう促してくる。


 人類が宇宙に目を向けはじめたときから、人が住める星が地球のほかにもあるのではないか、という仮説はあった。太陽系をはじめとした地球に近い惑星には、人が住める環境は見つからなかった。ゆえに一時期は人が住める星ではなく、人以外の知的生命体が住む星を探す研究が主流となる。

 だが近年の物理学の発展により、遠方の銀河系に属する惑星の存在さえも研究できるようになった。赴くのが容易ではない星であっても、宇宙の膨張方向から推定される生成時期などから、当該銀河系の星がもつ物質量をほぼ正確に特定することが可能となる。

 そうした推定法によって、ある星に人が住める環境があるとわかった。地球から当該星に向かおうとすると、現在の技術で20年はかかる。それでも、地球と衛星だけでの生活に限界が見えている今、当該星の有人探査は意義がある。

 問題は、有人探査を行う人員の不足だ。人が住める環境を探していた時代には、宇宙飛行士という職種の人々が宇宙探索を担っていた。高度な知識と技術、精神力を有する宇宙飛行士を育成することが、当該探査の正否を分ける鍵となる。故にこの計画は、星に到達する時間も含めて半世紀ほどを見て行うべきなのだ。


 記事には、おおむねそういった文章が並んでいた。

「新大陸がありそうだとわかったが、証明するには鳩を飛ばさなければならない。大洪水が引いたあと、陸地の存在を確かめるためにノアが鳩を放ったように。要は新大陸にあるであろうオリーブの枝を、見つけて持ち帰る鳩がいないって話か」

「さすが理解が早いな」

 古代宗教史をかじっていたのが功を奏して、ようやく表題の意味を理解した。彼は大きく頷き、隣に腰掛ける。


「僕は、宇宙飛行士を目指すよ」

 唐突に告げられた言葉だが、俺は驚かなかった。前々から、宇宙飛行士に憧れる言動をとっていた。ただ憧れていたのが、実際に需要があるという情報を見れば現実味を増すのは理解できる。

「この記事、信用できるのか」

 とはいえ、情報源も計画の具体的な中身もわからない記事ひとつを鵜呑みにしようとは思えない。

「信用するんじゃなくて、実現するんだよ。僕たちの力で」

 疑り深いオウルでも、僕たち二人の力は把握しているだろう?

 彼はそう付け加えて、口角をあげてみせた。


 確かに、単に机上の勉強で成績優秀なだけではない。一見不可能に思われるプロジェクトでも周囲の人間を巻き込み、成功に導いてしまう。よく天才は凡人の発想がわからないとか、孤高だとかいわれるが、彼はそれに当てはまらない。周囲の人にも第一印象で好意をもたれる、文字通り賦のがある。彼が実現するというのなら、本当にそうなるのだろう。

「俺は宇宙飛行士にはならない」

 しかし、俺が計画に与するか否かは別の話だ。彼が宇宙に行きたいという話を持ち出すたびに、俺は宇宙船に乗れないと言い続けてきた。好きなときに外を出歩くことすら許されない閉鎖空間に数年間閉じ込められるなど、想像するだけで気がめいる。

「高度な精神力は、俺に無縁の力だ。クレインに協力はできない」

「そんなことはないさ」

 思いのほか素早く否定され、左を向く。言葉は否定形だが、彼は相変わらず穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「オウルは、僕にはない才能をもっている。宇宙飛行士として飛び立つのは僕一人かもしれないけれど、この計画を完遂させるには君の力が不可欠だ。君は僕とは違う方法で、僕を助けてくれる」

「俺が、クレインを助ける?どうやって」

「それは、未来の君がわかっているよ」

 未来の俺などという不確定要素を出されては、うまく反論できない。

「クレインの才能は知っている。だがそれと、俺が仕事を助けるか否かは別の話だ。決めるのは俺であって、クレインじゃない」

「いや、わかるよ」

 客観的事実を述べたつもりだが、彼はさらに断定的に反論の言葉を述べる。

「オウルが動くことで初めて、僕は助かる。そのときになったら、君は助けてくれる」

「どうだかな」

 これ以上は何を言っても水掛け論になる気がして、俺は話を打ち切った。

 基本的に論理的で議論がしやすい相手だが、時折こうして、論拠のないことを断定的に口にすることがあった。あて推量の話に返す言葉を見つけられない俺は、いつもそうした言葉は流していたが、ふとした瞬間に思い出すことがあった。


 ☆ ★ ☆


 彼の断定的な言葉が気分に任せた直感などではなく、俺の性格と得意分野を熟知していたことによる直観だったと気づいたのは、彼が宇宙へ旅立ったあとのことだ。いちど気づいてしまえば、彼の言葉を無視することはできなかった。無視すると、彼の信頼を裏切る行為になるような気がした。

 −乗ってやるよ、クレイン。過去のお前の主張に−


 彼の直観を現実のものとするために、俺は取りまとめていた企画書を上官宛に送信した。企画書の表題にはこう書いた。

 『宇宙船OLIVE号およびドクター・クレインが発見した新星の調査研究計画』

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