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どのくらいの間そうしていただろうか。
錆びた機械がようやくと動き出すように、健二も身じろぎ、なんとか腰を上げた。
椅子にぴたりと貼りついた背は無理に引き剥がさねばならないほどで、立ち上がるだけで疲労を感じた。
後悔などしていないはずなのに、心の奥底から勝手に湧き上がり、吹きこぼれてくる感情が苦々しく、力づくで蓋をせねばならなかった。
後悔するくらいなら言いはしない、遠からず言っただろう言葉だ、早いか遅いかだけの話だった。思いがけず口をついたあのひと言を、何度となく脳裏に繰り返した。
上の空のまま代金を支払い、店の戸を開ける。静かな雨が降っていた。
未練が駐車場へと視線を向かわせたが、プライドが反対方向へと足を向けさせる。
背後に漏れ聞こえる談笑と、仄かな灯りは足元を頼りなく照らし、暗澹たる気分に拍車をかけた。向かう先には夜の闇が冷たく広がっていた。
「……大阪、帰ろうかな」
呟いた言葉は背にした喧噪に呑まれるばかりで、見える景色も何一つ変わり映えはしない。聞かなかったことにされたようでバツが悪かった。
閉じかけた扉の向こう側で、脳天気なコマーシャルの音声が途切れがちに響いていた。テレビにまで弾き返されて、男の泣き言はみっともないと言われた気がした。
通りにぽつんと建っているこの店の戸が完全に閉ざされると、夜の帳にはおとなしめの雨音だけが寂しく響き渡る。
民家はどこも眠ったように薄暗く、闇の底に沈んでいる。街灯の明かりの下だけがスポットライトのように切り取られ、銀糸の煌めきを反射していた。
あちらの角にひとつ、その向こうにひとつと、灰色の澱にぽつぽつと道しるべのように灯る街灯がなお一層と孤独を掻き立てた。
ラーメン屋の向かいにあるコンビニの軒先は雨の中でもぽっかりと明るい。
店舗の目の前を通り住宅街を貫く道路もいつもよりずっと車の数が少ない。とぼとぼと、雨に打たれながら車道を横切った時、額に貼りつく前髪から滴が落ちた。
惨めさがなお一層際立つようで堪らなくなり、反抗するように髪を掻き上げた。
店内で傘を買い、片手にビール缶の入った袋を提げて暗い街路に戻る。傘を差しても、とうに濡れ鼠だ。これで電車に乗るのかと思うと、さらに気分は下降した。
言ってしまったことに後悔はない。強情に繰り返し言い聞かせ、腹立たしさを紛らわすように歩調を速めた。
うらぶれた街の暗い通りでは誰の影とも行き会わず、振り向いても茉莉花の赤いBMWがこっそり付いて回っている気配もなかった。いっそ単調な雨音がさらさらと天より降り落ちてくるだけだ。
誰の行き来もなければ、密かに期待したエンジンの音も聞こえてはこない。昭和に取り残されたような街角だけが暗く雨の中に沈んでいた。
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