第9話 解放

「どちらにしても認めませんぞ。」

 伊那はきっぱりと言った。


 まっすぐに朱伎を見つめる瞳には強い非難があった。そんなことは絶対に認めるわけにはいかない。


「お前が認めようが認めなかろうが、そんなことはどうでもいい。私はお前たちに許可を求めている訳じゃない。私は彼の開放を決めた。それだけだ。」

 朱伎は強い口調で言った。


 自分を非難する者をまっすぐに射貫くような強い瞳で伊那を見つめる。

 彼らに認めてもらおうとは思っていない。誰かに許可を求める気はなかった。そんなことはどうでもよかった。

 もう決めたという事を伝えている。誰の言葉であっても考えを変える気はない。


「貴方は本気で言っておられるのか。頭首ともあろう者が里を危険に陥れるおつもりか。伝説のように神獣が暴走を始めたら、里は危険にしかならないでしょう。そうなったらどうするおつもりか。」

 辰が静かな声で非難した。


 伊那の肩を持つ意見だった。里を護ることが頭首の役目だ。危険に陥れるような事態を引き起こすような賭けはすべきではなく安全策を取るべきだ。


「少し無謀ではないかしら?」

 文も静かに問いかける。


 まっすぐな瞳で朱伎を見つめる。それは無謀なことだと思う。


「万が一の時は、私がこの命を懸けて、どんなことをしても里を守ってみせる。お前たちは、ただ私を信じていればいい。」

 朱伎は静かな声で言った。


 まっすぐな瞳で皆をゆっくりと見る。何があっても里を護ると心に誓っている。その誓いは絶対だ。

 自分の中に流れる血が、この里を護るだろう。だから自分を信じていればいい。


「はい。信じます。」

 亜稀はもちろんだと頷いた。


 彼女を疑う理由はなく、いつでも、どんな状況であっても信じていついていくと心に決めている。


「ええ。」崋山が頷いた。

「そうだね。」八白も微笑んだ。

「仕方ねぇよな。」棗が生意気そうに言った。

「そうね。」多岐も静かに頷いた。


 朱伎に仕えている四聖人たちは迷うことなく同時に頷いた。自分たちに信じてついて来いと言っているのだ。どこまでもついていくしかない。

 四聖人として彼女に選ばれた時にその血に誓った。己の人生を頭首に捧げ、頭首と共に里を護ると誓った。信じられない者に忠誠を誓うことはない。


「お前を疑う理由はないな。」

 大河は穏やかに微笑んだ。


 自分が仕えた頭首の忘れ形見である彼女には彼の面影が見える。ふとした瞬間に彼女の中に彼が見える。何より、彼のようにまっすぐな強い心を持つ彼女を疑う理由はない。


「まあ。なるようになるだろう。」

 久能があっけらかんとした口調で言った。


 彼女が何が何でも里を護ることは分かっているので、そのことを疑うことはない。


「でも。どうかしら。」

「危険なことが分かっていて信じろと言われてもな。」

 蘭と辰は静かに言った。


 四聖人の前任者たちの意見は割れた。信じるかどうかの問題ではなく、里に危険があることへの疑問が払拭されないのだ。


「それは疑っていないが、神獣の開放には反対だ。」

 游が静かな声で言った。


「話になりませんな。」

 伊那が静かにため息をついた。


 皮肉のような口調でなぜか朱伎の言動のすべてを否定するかのようだった。


「ここまできて、まだそんなことしか言えないのか。」

 朱伎は大きなため息をついた。


 まっすぐな瞳で伊那を見つめる。自分よりはるかに年上の老人に向かって、偉そうな口調だ。悪びれる様子もない。何かを伝えようとしているようにも見えた。


「なんですと?」

 伊那は厳しい瞳を朱伎に向ける。


 その表情には多くの感情が見えた。怒り以外にも隠された感情が見える気がしたが、どんな感情なのかは誰にも分からなかった。


「伊那。落ち着きなさい。」

 一茉が落ち着いた口調で伊那を諌める。


 穏やかな口調だが、有無を言わせない表情だ。伊那が、この場を去るだろうことは予想できたが、それは許されないことだった。


「一茉様。」

 伊那は苦虫を嚙んだような表情で一茉を見つめた。


 彼は十分に大人だ。まだまだ小娘の朱伎の言葉に、いちいち腹を立ててはいけない。大人として、長老として対応しなければならないと一茉の瞳は言っているようだった。

 伊那は一茉を誰より尊敬していて、頭が上がらない。


 だから、この場を去ることもできないと分かっていた。

 それでも小娘の言葉にはうんざりしているようだった。




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