第4話 再来(1)

「去れ。」

朱伎は静かな低い声で言った。

まっすぐな朱色の瞳は目の前にある現実を見つめる。すべてを見抜くかのような強い眼差しだった。


地面に向けて広げた朱伎の右手が静かに光輝いた。温かな朱色と金色の混ざった輝きは地面へと向かう。輝きは地面を広がり辺り一帯が朱色と金色の光が混ざり合い輝いた。

そして辺り一面に立ち込めていた黒い霧のようなものが静かに晴れていった。まるで黒い霧が意志を持っているかのように逃げるように消えた。黒い霧が何かの意志を持って人間を襲っているようだった。そこに何かいるようだった。


「これは…。」

崋山かざんが驚いたように呟いた。

辺りの黒い霧が晴れ周りが見渡せるようになると、誰もが目の前にある光景に驚きを隠せなかった。あまりの変化に誰も言葉を発しなかった。


この場所にあったはずの景色が丸ごと消えた。この場所は木が生い茂る場所だった。緑色をしていたはずの葉は黒くなりすべて地面に落ちていた。木は燃えた後の煤のように黒くなっている。枯れているのか定かではないが、ありえない変化をしていることは確かだ。半径にして100メートル程の範囲が変わり果て死の森と化していた。

黒い霧が何をしたのか。それが何だったのか分からないが、良くないことが起こっていること。原因が黒い霧だということは明らかだった。


「皆、無事か?」

朱伎は静かに深呼吸して気を取り直して振り返った。

「ご頭首様。」

強張った表情の旭陽あさひが小さな声で朱伎を見つめる。

少女はよほど怖かったのだろう血の気の引いた顔をしていた。それでも何とか自分の足で立っていた。

「旭陽。もう大丈夫だ。何も心配しなくていい。よくやった。」

朱伎はにっこり微笑んだ。

自分のすぐ横に立つ少女の頭を優しく撫でた。少女は安心したのか少しだけ微笑んだ。


「ご頭首。」

「俺たちは平気だが俺らを護ったあんたの部下は…。」

須磨すまに続いてテンが静かな声で言った。

その表情は申し訳なさそうだった。自分たちは護られたから無事でいられる。自分たちを護った彼らを心配する。

「朱伎様。申し訳ありません。」

その場に座り込んでいる夏輝なつきが息を切らせながら言った。

夏輝の右肩から出血しているのが見えた。見る限りでは命に別状はないようだが、傷はそれなりに深いようだった。夏輝の隣に意識を失い倒れている青年・平良たいらの姿がある。平良の状態はあまり良くないとわかった。


「夏輝。遅くなってすまなかった。よく持ち堪えてくれた。…。平良も大丈夫だ。お前も治療を。華山。」

朱伎は夏輝に話ながら動いた。

倒れている平良の傍に座り容態を診て意識はないが生きていることを確認した。見た所、大きな傷とダメージはなく何かしらの術を受けたようだった。

朱伎は同時に治療を始めていた。法術によるダメージは法術でしか治療できない。朱伎は平良の額に右手を当ていくつかの呪文を呟いた。自分の持つ力を通して回復を促す。右手は仄かに金色に輝いて平良の身体を包み込んでいった。とても暖かい輝きだった。


「夏輝。おとなしく治療を受けろ。」

華山は朱伎の言葉に従い傷の手当てを始めた。

法術で傷を洗い化膿しないように薬草を塗り包帯を巻く。あっという間に治療は終わった。

「ありがとうございます。」

「気にするな。よくやった。」

崋山は頭を下げた夏輝に優しく声をかけた。


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