第8話
「あるじ、こっち」
ノエラがおれの手を引いて森を先へ先へと進んでいく。
「まだなのか? その山菜が採れるって場所は」
「もう少し」
わっさわっさと尻尾を振りながら、ノエラは楽しそうに歩く。機嫌はずいぶんと良くなったように思う。この前、おれがノエラを忘れて店に戻ったせいで、ご機嫌ナナメになってしまった。お詫びに何でもするって言ったら、いつもの森で山菜を採るから付き合え、と。それで今に至る。
「あるじ、見る、これ」
イキイキとした顔で、ノエラは樹を指差す。
「これがどうした?」
「この樹、目印。近い。いつもノエラ、ここらへん、採っていた」
おれと出会う前は、毎日のようにここらの山菜採取スポットで山菜を採って、町で売ったり自分で食べたりしていたようだ。得意げに歩くノエラの足が止まった。ん? 着いたのか?
鑑定スキルで周囲を見ても、雑草ばかりで食べられる植物はない。
「ノエラ?」
見ると、鼻を押さえて涙目になっている。
「あるじ、くじゃい」
「? え、なに。……くさい?」
こくこく、とノエラはうなずいた。くさい……? おれ? ……じゃあ、ないよな……。
「見たことない、へんなの、いる」
ノエラが指差した少し先に、巨大な花が咲いていた。毒々しい見た目と、ぶくっと膨らんだ蜜つぼ。体長は小さな子供くらいある。茎や葉っぱのない不気味な花だった。
【ウツボフラワー:魔物や獣だけが感じる、不快なにおいを発する花】
何歩か近づいてみるけど、おれは何も感じない。
「あ。おれは人間だからか。――鼻つまんでたら大丈夫だろう?」
おれが先に行こうとすると、ぷるぷる、とノエラは首を振る。
「目、ちょっと痛い」
くさすぎて? 刺激臭は目にくることがあるからな……。他にルートがあるのか訊いたら、他は迷いやすくなっているから危険なのだとか。
「やめておこうか、今日は」
「るぅ……あるじ、一緒のお出かけ……るぅ……」
ノエラは、耳をへにゃりと垂らしてしまった。と言っても……道を知っているノエラが進めないんじゃ、おれだけ先に行っても意味ないし。……あの花。魔物や獣避けの効果があるんなら、何かに使えるかもしれない。おれは近づいていって、花びら数枚と花粉を瓶に入れて密閉しておく。
ノエラは先に進めないし、でもノエラはおれとのお出かけを無駄にしたくない――。
なかなかノエラは可愛いやつである。
「うーん。……あ。それじゃあ、におい消しでも作るか」
「る?」
みょこん、とノエラの耳が立った。来た道を戻り、ポーションの材料となるアエロをはじめとする数種類の植物や花を採取していく。いつぞややってきた川べりにやってきて、即席でにおい消しを創薬。瓶の中が光り、薄緑色の液体に変わった。
【消臭液:嫌なにおいもキレイさっぱり】
……トイレの芳香剤みたいな解説ついてんな。
「よっし、出来た。これをあの花にぶっかければ、においもキレイさっぱりだ」
「におい、ない? におい」
「たぶん、大丈夫なはずだ」
「るーっ♪」
またさっきの巨大花のいる道までやってきて、おれは瓶に入っている消臭液を匙ですくって振りかけた。おれがにおいを感じていたわけじゃないから、これで効いているのかどうかはわからない。
手招きしてノエラを呼ぶと、鼻を押さえながらこっちにやってきた。
「どうだ、ノエラ。におい、まだする?」
「…………しない! しないっ、あるじ! あるじ! あるじー」
「うん、わかった、わかったから、全力で服を引っ張るのをやめてくれ」
人狼のパワーってのはすごいもんで、おれは右に左に振り回された。手を鼻からどけて、ノエラはふがふがと鼻をひくつかせ、真顔でおれを振り返る。
「消えた。におい……」
「真顔になるくらい驚いたんだ」
難関をパスして、おれたちは山菜が自生する場所にやってきたが――
「ぶはっ!? くっさ――っ! 何このにおい!?」
鼻曲がりそう。おえー。うわ、目も痛い! これ何のにおい!?
「ノエラは大丈……夫?」
おれがノエラを見ると、ノエラは「るーるーるー」と機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、ぷっちんぷっちん、と山菜を摘んでいる。何で? おれだけ?ここ全域がくさい――。
【ビルコソウ:強いにおいを放つ山菜の一種。苦手とする者も多いが、好んで食べる者もいる】
ノエラさんが持ってますね、たくさん……。楽しそうに摘んでますね……。
――あれだぁああああああああ! え。ノエラむしゃむしゃ食ってるけど!?
「あるじー! いっぱい、採れた!」
「う、うん……」
あれか。納豆的な? くさいものは美味い的な? そういうあれ?
納豆は好きなんだけど……これはちょっと――。
「あるじ、はい」
嬉しそーに、ノエラはおれに山菜を突き出す。うはっ!? く、くさ過ぎて、な、涙が――。
「食う。あるじ、食う」
食ってみろって? ――無理無理無理無理無理無理無理無理。
この世界の人は、これを食べるのか? 外人さんが納豆苦手なのがよくわかるわぁ……。
「ほんとごめん、ノエラ、無理。くさすぎて――」
「る!? くさい、違う! くさい、違う!」
むう、とノエラはむくれてしまった。どうやら、ノエラはこの山菜が好物らしい。採って食べてたって言ってたもんな。そうだ。さっき作った消臭液。これを使おう。くさ過ぎて呼吸にも困る。
取り出して、ぱぱっと振りかける。
「…………あれ。におい、消えた……」
消臭液すげぇええええええええ!
「あるじ。顔、真顔」
ノエラ、さっきこんな気分だったんだ。改めてノエラが山菜を突き出してくる。
消臭液に使った素材に、口にしてはいけないものは特にないから、振りかかった状態で食べても問題ないんだろうけど……。
「あるじ、あるじ。これ、美味の味」
「ほんとかよ……」
おれは目をつむってぱくり、と食べてみた。シャクシャク、と噛んでいく。
――エキスが口の中に広がる! あの強烈なにおいが鼻から突き抜けた。
おれは思わず口の中の山菜を吐き出した。
「ぼへっ。――ノエラ、やっぱおれには無理だ」
「るぅ……」
自分の「好き」を共有出来なかったノエラはしょぼん、と肩を落とす。趣味嗜好はそれぞれ違うから、ノエラ、許して欲しい。それでもぷっちんぷっちん、とノエラはたんまりと山菜を摘んだ。
これをこの世界の人は美味い美味いって言って食ってるんだよなあ。
はじめてのカルチャーショック。家に着くと、ミナが迎えてくれた。
「お帰りなさいー。あ。このにおい」
ノエラが背負った小さなリュックの中には、たんまり例の山菜が入っている。けど、ミナは嫌な顔をひとつもしない。
「なあ、ミナ。これ、美味いのか? みんな食べてるの?」
「そうですよー。村のミコットちゃんは、これ好きだって言ってましたよ?」
ミコットっていうのは、このカルタの町近くにある村の娘だ。ときどき、おつかいで店に来る。アクを取ると、凄まじいにおいも減って食べやすくなると、ミナはミコットに教わったそうだ。
「……このまま食べるんじゃないの?」
「何を言っているんですか、レイジさん。このままじゃにおいがキツくて食べられないですよ~」
そっか。ノエラがそのままパクパク食べていたからわからなかったけど、調理したら食べられるようになるんだ。夕飯は、ミナが調理してくれた激クサの山菜料理が食卓にならんだ。炒めた山菜をつまんで、おそるおそる口に入れる。
「あ。……美味い……」
ん……なんだろう、においが、ちょっとクセになるかも。たぶん、最初にこれを食べたらダメだったと思う。キツイにおいの状態で口にしたことがあるから、美味しく食べられたんだろう。
「るっ」
ノエラが超ドヤ顔をしている。ほらみろー、とでも言いたそうだ。
「レイジさん、バッグから見慣れないお薬が出てきたのですけれど」
「ああ、それは消臭液だ。撒くとにおいをキレイさっぱり消してくれる」
「あー! それならおトイレに置いておきましょう! そうしましょう! また便利なものを作ったんですね!」
「やっぱりこの世界でも使う場所は一緒なんだな」
――消臭液は後日棚に並び、主に主婦層に爆発的に売れることになった。
※アニメ放送がはじまりました!
2話からでも十分楽しめますので、1話をご覧になってなくても大丈夫です!
放送局と放送日
・TOKYO MX 毎週水曜 22:00~22:30
・BS11 毎週水曜 24:00~24:30
・AT-X 毎週木曜 22:30~23:00
リピート放送
毎週月曜 10:30~11:00
毎週水曜 16:30~17:00
ネット配信は以下の通り(後日追加あるかも?)
dアニメストア
FOD
J:COMオンデマンド
AbemaTV
hulu
楽天TV
U-NEXT
ふらっと動画
アニメ放題
TSUTAYA TV
バンダイチャンネル
HAPPY動画
ジャンバリTVプレミアム
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DMM動画
music.jp
公式HP
https://www.cheat-kusushi.jp/
よろしくお願いいたします。
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