第6話


 お店をオープンしてしばらく、おれたちは忙しい毎日を送った。棚には、主力商品のポーションとあとは先日のエナジーポーションを並べた。

 もっと種類を増やしていきたいけど、それは必要に応じて受注生産していく感じで。ノエラも看板娘として色々と手伝ってくれたので、それほど困るようなことはなかった。

 ミナは家事が得意らしく、炊事洗濯掃除、どれもテキパキとこなしてくれる。何気に有能な幽霊少女だった。そうそう、忘れちゃいけないのが店の名前だ。


 シンプルに、『キリオドラッグ』という名前に決めた。


 日本語で看板を書いたから、ノエラにもミナにもポカンとされたことは言うまでもない。店内にお客さんがいなくなったので、ミナが用意してくれた昼食を食べることにした。


「幽霊でも食事って必要なんだ?」

「とってもとらなくても同じなのですが、わたしもご一緒したいんです」

「食事は大勢のほうがいいって言うもんな」


 聞いているのかいないのか、ノエラはガツガツ食べながらふんふんとうなずいている。


「そうそう、レイジさん。今日はこの町でお祭りがありますよ?」

「へえ。お祭りか」


 そういえば、今日は妙に外が騒がしかった。お祭りがあるからか。


「屋台もいーっぱい出て、イベント事もいくつかあるんですよ?」

「イベント事?」

「ええとですね、一番の目玉は、『長距離狙撃』でしょうか」

「狙撃?」

「はい。毎年、エルフの中でも一番弓が上手な方がですね、遠くにある的を射るんです。シュパン、と。本当に遠いんですよー?」

「そいつは見物だな」


 ちょっと興味あるかも。それに、まだこの世界に来てエルフを見てない。

 種族柄、エルフは美男美女っていうし、一度でいいからお目にかかりたいもんだ。


「すまない! 店主――店主はいらっしゃらないだろうか?」


 店内から声がする。口の中にあるものをゴクンと飲み込んで、おれは店に戻った。


「はい、何でしょうか――」


 誰が来たのかと思えば、噂のエルフが店に来ていた。長い耳に肩につくかつかないかの金髪。切れ長の瞳は青く、顔の作りがとても綺麗だ。長弓を肩にかけて、革のブーツを履いていた。


「おや。キミが店主かい? ずいぶんと可愛らしい坊やだ」

「坊やはやめてください。これでもいい歳してるんで。……ええっと、何かご用ですか?」

「ああ。今日は天才錬金術師の坊やに頼みごとがあるのだが」

「違いますけど……。ポーションとエナジーポーションならそこの棚ですよ」

「そうではなく、キミに助けて欲しいのだ」

「はあ……助けて欲しい?」

「僕の名はクルルという、エルフだ」

「おれはレイジって言います」

「なかなか可愛い名前だ。――ああっといけない。つい話がそれてしまうな、キミといると」

「はあ、そっすか」


 流し目でおれのほうを見てくるけど、この人何のつもりなんだろう。……ていうか、このエルフ、男、だよな……。


「今日のカルタ祭でやる狙撃、それを僕がやることになっているのだが……」

「あ。そうなんですか? 楽しみにしてますね」

「だがしかし! ……キミを楽しませられない可能性がここにきて浮上してきた」


 すごく残念そうに首を振るクルルさん。社交辞令って言葉は、この世界にはないんだろうか。


「どうしてですか?」

「どうにも、弓の調子がおかしくてね……上手く当たらない」

「弓の調子とおれに、何か関係が……?」


 クルルさんは、爽やかな笑顔で言った。


「キミに、どうにかして欲しい」

「練習しろ」


 あ、今日が当日なのか。


「レイジちゃんしか頼めないんだよ……」

「あのー、ちゃん付けするの、やめてもらっていいですか」

「どうにかしてくれたら! 僕の綺麗なお尻を――自由にしてくれて構わない」


 フフン、と鼻で息をつきながら、やっぱりおれに流し目をするクルルさん。


「おれを何だと思ってんだ、あんた」

「……じゃあ、逆? 僕が凸。キミが凹? いやいや、これは僕の希望というわけでは決してなくてだね、キミが喜ぶかなぁって思っての提案で――いやいやいや僕はね別に興奮なんてしてなくて――」


 エルフだすげーなんて思っていたおれが馬鹿だった。


「……何でおれに? 関係あるようには思えないんですけど」

「噂を聞いたんだよ。老人たちをたちまち元気にしたという錬金術師の噂を。だからキミに頼めばお尻を貸してくれ――間違えた――当たらない的にも当てるようにしてくれるんじゃないかと思ってね!」


 そこらへんの家畜の尻にでもブチ込んでいればいい、そう思いました。


「確かにそうですけど、的に当てるのは弓の実力でしょう」

「的に必ず矢が当たる薬を作って欲しい!!」

「出来るかぁーいっ!」


 そりゃもう、魔法の域だと思うんだ。


「レイジちゃん! ――いいかい、僕はね、真剣なんだよ! だからね、キミも真剣にぶつかって来て欲しい!」


 どんどん、とクルルさんは胸を叩いて、こっちにむけて両手を広げる。……いや、飛び込まねえよ?


「真剣って言われても……腕が落ちたんじゃないんですか? 誰かに代わってもらうとか……」

「森では僕が一番なんだ。代わろうにも代わる相手がいない。それに練習はみっちりしてきたんだ。朝も昼も夜も」

「練習不足じゃないってのはわかりましたけど……じゃ何で逆に調子が落ちたんでしょう」

「だから最初からそれを聞いてるんじゃないか」

「尻の話しかしてなかったろ」


 ふうむ。おれがどうにかしない限り帰らないぞ、このエルフ。

 四六時中練習してたのに、調子を落とした……。


「あー。オーバーワークなんじゃないですか? 練習のし過ぎ」


 意外とありそうな線だ。ずっと練習してたら、逆に状態が悪くなることもあるだろう。

 おれが指差すと、人差し指を掴もうとしたクルルさんの手が空を切った。


「あぁ惜しいっ」


 惜しいじゃねえよ。あぶねぇ……いよいよ触れ合いを求め出したぞ、このエルフ。ていうか、おれ、避けてないのに空振りした。――あ。


「もしかして、目なんじゃないですか。目、疲れてて、見にくいんじゃないですか?」

「――ッ、言われてみれば……」


 こうなる前に気づいとけと言いたい。となると、おれの出番だ。

 意識してクルルさんを見ると、目を細める回数や瞬きの回数が妙に多い。


「疲れてるんですよ、目が。……目の機能が低下してるから、遠くの的にも当たらないんですよ」


 眼科医じゃないからきちんとした診断は出来ないけど、聞いた限りではまず間違いなくそうだろう。


「そうか、疲れていたのか……」


 カウンターの内側に置いてある図鑑で目薬の素材となるものを探していく。綺麗な水と塩。これが基準になり、あとは貝類が必要となってくる。これならすぐに揃うだろう。

 クルルさんの出番まで、あと二時間ほどのようだ。


「目薬作るんで、ちょっと待っててください」

「メグスリ……? なんだか、とても卑猥な響きだね」


 もう……どうしよう、この人。

 クルルさんを店内で待たせて、おれは創薬室に入った。

 ……どっと疲れた。エルフで男好きだなんて、キャラをどっちかに限定して欲しい。

 むちゃむちゃ、とご飯をまだ食べているノエラが顔を出した。


「あるじ、どした? 元気出す」

「うん、ありがとう」


 寄ってきたノエラの頭をなでなでして、モフモフ成分を得る。ちょっと元気が出たので、創薬を開始した。というか、あれだけの材料で作れるのか、おれ自身半信半疑だったりする。


「ミナ、料理用のオミール貝って確か残ってるよな?」


 いつぞやおれが買ってきたのでまだあるはず。洗い物をしているミナは、「ああ、それでしたら~」と手を拭いて、桶に数個入っている貝を持ってきてくれた。


「食べるんですか?」

「ううん、煮出した汁を薬に使うんだ」

「く、薬に、ですか……?」


 目を点にしているミナに、貝を煮込んでもらい、水と塩を用意してもらって創薬室に戻る。

 ころん、と寝転がっているノエラは、どうやら寝ているみたいだ。さっそく作業に取り掛かる。


 水に極々少量の塩を投入。あとは、貝の煮汁を合わせて、一番小さな瓶を選んでその中に入れる。

 例のごとく、瓶を振ると淡く中の液体が光った。


【目薬:疲れ目に効く。細胞の修復を促進させる】


「……創薬スキルって、もうほとんど魔法だよな、これ」


 たったあれだけで薬になるんだから、おれじゃなくっても出来る便利スキルだ。さっそく自分で試してみる。ぴちょん、と点眼。


「あ~~スッとする~~」


 店に戻って、出来た目薬をクルルさんに手渡した。


「これは?」

「目薬って言って、簡単に言うと目の疲れをとるものです。目に一滴ずつさしてください」

「ふむ?」


 ぴちょん、ぴちょん、とクルルさんは目薬を入れる。おれ、目薬入れるの苦手なんだけど、本当に上手だな、クルルさん。そのあとしばらく目をつむってもらう。


「ぼ、僕に目をつむらせてどうする気なんだい……まさか……キス……するのかい?」

「しねえよ」


 あと、恥ずかしそうにモジモジすんな。


「そろそろいいかな。目、開けてください。……どうですか?」

「……あれ。……全然違う……。視界が、クリアだ……! すごい! すごいよ、レイジちゃん! 食べちゃいたい! ありがとう!」

「うわ、寄るな! やめろ!」


 テンションがハイになった男好きエルフの顔をぎゅにぃ、と手で遠ざける。


「て、照れなくたっていいじゃないか」

「照れてねえから。本気で嫌だから――ッ!」

「……これは、いつかデレるためのツン!?」

「ポジティブがハンパないっ。――もう、行ってください! 用は済んだでしょう?」


 ぎゅに、ぎゅにぃ、と顔を押し出しながらクルルさんに言うと、キリッとした表情になった。


「キミのために、当ててみせるからね」

「うわぁ……楽しみだったのに、一気に楽しみじゃなくなった……」

「またあとでね」と、クルルさんは手をひらひら振って店を出ていった。


 目薬を差したからって、必ず当たるわけじゃないだろうけど……やっぱり気になる。

 おれは起きてきたノエラと一緒に、時間までお祭りを楽しむことにした。

 町の中心にその会場はあって、五〇メートルほど先にあるお皿を射抜く、というものみたいだ。


 お客さんも結構集まってきて、時間になってクルルさんが長弓とともに現れた。歓声や何やらに手をあげて応える姿は、やっぱり様になっていてちょっと悔しい。


 そして、一射目。ヒョン、と矢が放たれ飛んでいき――見事、お皿を射抜いた。

 わぁっと観客から熱い拍手が起きて、クルルさんは手をあげて応える。

 その場から引っ込むと、すぐおれを見つけてやってきた。


「キミの目薬のおかげだよ! ありがとう、レイジちゃん――」


 抱きつこうとする男好きエルフをさっとかわす。


「あぶね! ……けど、あれは元々の腕が良いからだと思います。あんな長距離じゃあ目薬関係ないし」

「そんなことないよっ! だって、練習じゃ一回も当たらなかったんだから!」

「…………そりゃ、オーバーワークしちゃうよな……」


 それでもなお、クルルさんが一番上手なんだとか。


 練習を頑張っていたところだけは評価してあげようと思った。



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