スタートまで残り5分になり、車椅子の部がスタートした。

 それに伴って、全体の列が少しずつ前へ移動し始める。

 大きな拍手と歓声が響き渡った。

 いよいよ、その時がやって来る。

 しかし…… ナツは来ない。

 僕は半ば諦めていた。

 この時間になっても来ないのは…… きっとそういう事なのだろう……


 会社を辞めて住居を引き払って来たというのに僕はナツに思いすら伝えられない。それでも悔いはなかった。僕は最も挑戦的な選択肢を選んだのだから……


 間もなくスタートの合図と共に花火が打ちあがる。

 僕は2度目のホノルルマラソンを走る。

 ナツとの思い出を振り返る旅になるかもしれないが、それも悪くはない。

 ふーっと溜息をひとつついて、夜空を見上げた。

 空には星がたくさん浮かんでいた。

 薄い雲が風に乗って流れると星がチカチカと輝いているように見える。


 さぁ、行こう!

 コースへ足を踏み入れようと思った、その時だった……


 「ケン!」

 ナツの声だ。

 周りを見渡してみる。

 しかし、ナツの姿がない。


 「こっちよ! 遅れてごめん」

 ナツはランナーの列に紛れて、ゆっくりと動いていた。


 「ナツ! 今から行くよ」

 僕は密集する人を掻き分けて、ナツの元へと急いだ。

 ナツが挙げている手を見失わないように強引に割り込んだ。


 列がゆっくりと動いていく。

 なかなか、ナツの元へたどり着けない。

 あと数メートル……

 間に入っている大柄な白人グループが僕の行く手を阻んだ。


 激流に抗い、人の波を掻き分ける。

 そして、ようやくナツの手を掴んだ。

 掴んだその手を離さないように、グッと引き寄せる。


 「ドーン!」

 その瞬間、空に花火が舞い上がった。

 僕はナツを抱きしめた。

 ナツの弾けるような笑顔を見つめていたら、涙が零れそうになった。

 何の躊躇いもない、透き通っていて、明るい笑顔……

 ナツを抱きしめる腕に力を込めた。


 空には爆音を立てて、次々に花火が打ちあがっていく。

 花火の鮮やかな色がナツの素顔を染める。

 僕はナツの耳元でそっと囁いた。


 「もう離さないよ」

 「えっ、何て言ったの」


 僕の声は花火の音にかき消され、ナツの耳に届かない。

 今度は大きな声で叫んだ。


 「もう離さないよ! これからずっと…… ずっと、一緒だから……」


 ナツの瞳が潤んだ。

 僕たちは、ランナーの波に揉まれながら、未来への道を走り出した。


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ずっと・・・ 君が暮らす南の島へ T.KANEKO @t-kaneko

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