犬猫論争 ~猫派の主張編~

スズヤ ケイ

猫好き かく語りき

「──ぬああああ!? 何こいつ!」


 ノートPCを前にした私は、思わず叫んでしまっていた。


「うわ、びっくりした! 何よサキ、どうしたん?」


 うちに遊びに来ていたユウカが、私の愛猫三毛猫のミヤちゃんとのじゃれ合いを中断して尋ねて来る。


「ああ、ごめん大声出して。でもちょっとこれ見てよ」


 ユウカが覗き込んできたので、私はPCのブラウザ上に表示された一文を示してみせた。


 ──


 :名無しのにゃんこさん ID:1XXXXXXX8


 猫って犬より遥かに頭悪いしワガママだから嫌い。よくあんなのと付き合ってられるね。犬の方が100%可愛いのに。


 ──


「……うわー、何これ。荒らしって奴?」

「それ以外に見える!?」


 顔をしかめたユウカに、私は当たり散らすように声を荒げた。


 このページは、私がよく巡回している猫愛好家が集まる掲示板だ。


 普段は礼儀正しい人ばかりで楽しい談話室となっているのだが、今日はこの一言を皮切りに罵詈雑言が飛び交っていた。


「なんでわざわざ嫌いな猫のスレに来るのかねー?」


 ミヤちゃんの鼻筋をつつつとなぞりながらユウカが疑問符を浮かべている。ミヤちゃんはぐるぐるとご満悦だ。


「たまーにいるのよ、暇潰しにろくでもない事しでかす奴ってのは!」


 おっとりしたユウカ達とは対照的に、私はシャツの両袖をまくり、完全に臨戦態勢となってPCへ向き直る。


「私の目の前で猫を馬鹿にするとはいい度胸じゃないの! こんなん戦争だろうが……!!」


 鼻息荒く言い置くと、私の十指がうなりを上げてキーボードの上を舞い踊った。




 ──


 :素敵なにゃんこさん ID:1XXXXXXX5 mail:XXXX@XXXjp


 >ID:1XXXXXXX8 さん


 猫が頭が悪いというのは時代遅れな偏見です。

 猫は人が思うよりよほど賢い生き物ですよ。


 例えば犬の賢さを示す代表的なものとしては、「お手」などの芸が挙げられるかと思いますが、猫だって教えればちゃんとやってくれます。


 事実、うちの子はお手もお座りもきちんとできます。

 ご飯をあげようとすると、先回りして定位置にちょこんとお座りして、フライングで前足を上げて待っているくらいです。


 これは、私がお皿を手にしたらご飯の合図。その時いつもの場所でそういう行動を取れば望み通りの事をしてくれる、という点を学習をしている事に他なりません。経験から来る直観の行動と言えるでしょう。


 猫が芸をしないと思われがちな理由として、多くの猫好きの人達は、猫のあるがままが既に好きなので、あえて芸を教えていないだけという事例が挙げられます。


 同様に、犬だって教えなければ何の芸もしてくれないものです。

 ろくに躾もされていなくて、目を覆いたくなるようなやんちゃな子もいるではありませんか。



 そしてもう一点。

 あなたは猫をワガママと言いますが、それはあなたが相手を思い通りにしたい、言う事を聞かせたいと思っているからではありませんか?


 猫は確かにマイペースです。しかしそれは、私達人間のような自由意志があるからだと私は思います。


 人間だって、気分が乗らない時にやりたくない仕事を押し付けられたりすれば嫌でしょう。


 猫はその欲求にとことん正直なだけなのです。


 私達、いえ、そう言うと語弊があるので、私個人の意見としては、猫は対等なパートナーであると認識しています。

 ですので、気が向いたときだけ遊びに誘って来る気分屋な友人、という感覚で付き合うのがよいのではないでしょうか。


 犬のようにべたべたと甘えてきてくれずとも、一緒の空間をゆったり気ままに過ごしてくれる。それだけで猫好きな人は十分だったりするのです。



 長々と話してしまいましたが、私は犬も可愛い事は知っていますし、あなたが猫を嫌いだというのならその気持ちを否定はしません。


 しかし私はそんな猫の事が、これほどの長文を書いてしまうくらいに好きなので、犬猫論争をこの場に持ち込まないで欲しいのです。


 もし私に異論があるようでしたら、メールの方へお願いします。以降そちらで存分にやり取りしましょう。


 ──



 そこまでダダダッと一気に打ち込んだところでジャスト一分。

 揚々と投稿ボタンを押し、私はガッツポーズを取った。


「……ぃよっしゃ、どうよ!! 私の猫愛を舐めるなってんだ!」


 こういう手合いへは熱くならず、整然とぶちかますに限る。


 睨んだ通り、相手はぐぅの音も出ない様子で、「マジレス乙」と残したきり、以降の書き込みは無くなった。

 ついでに言えば、メールにも反応はない。


 論戦レスバトルとは、途中経過はお構いなしに最後まで残っていた方が勝ちだと誰かが言っていた。

 つまり。


「あっはっはっは! 大勝利~! どう? スレのみんなも褒めてくれてるよ!」

「いやぁ……これ、あんたがガチでやばい奴だと思われただけなんじゃないの?」


 上機嫌になった私を、ユウカがひんやりとした目で見ている。


「それならそれでいーのよ。変な虫が寄り付かなくなるならね」

「あ、そ。メンタル強いねぇ」

「でなきゃネットに書き込みなんかできないっしょ」

「まあそだね。しっかし、これだけの長文よくぱぱっと打てるよね。頭の中どうなってるの?」

「ふふん、それこそ常日頃から猫を観察しているからね。愛と直観ってやつだよ。ね~ミヤちゃん」


 私は猫撫で声でミヤちゃんに手を伸ばし、前足の先を軽くにぎにぎする。


「ぐるぐる……」


 ミヤちゃんは喉を鳴らし始め、私の手からするりと抜け出すと、いつもご飯をあげる場所へととことこ歩いていってお座りをした。


 そして一声。


「ごあ~ん?」


 ……どうやら直観が働いてしまったようだ。


 私は苦笑しながら腰を上げ、キッチンへ向かって行くのだった。

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