大都会の真ん中で新人アイドルを発掘するゾ!

万之葉 文郁

直観から始まるストーリー

「あぁぁぉ、見つからないぃぃ」


 平日昼間の公園に佇み、私は遠くの青い空を見上げて唸っていた。


 私、あららぎ芽衣子めいこ、35歳独身。芸能プロダクション『シャイニー』の敏腕美人マネージャーである。敏腕と美人は自称だけど。

 私は今、人生最大の苦境に立たされている。

『シャイニー』は若手男性タレントの育成に力を入れている、老舗のアイドル事務所だ。

 だが、昨今はアイドル戦国時代。Kポップグループやワイルド系ダンスグループなどに押されて、以前のような勢いはなくなってきている。

 そこで、次の一手として、うちの今一番の稼ぎ頭の歌手アキラと、モデルとして活躍する一方で匿名で動画投稿サイトに楽曲を上げて注目されているミナトとをユニットにして売り出すプロジェクトが打ち出されたのだ。

 しかし、この2人は外見も正反対なら、性格も正反対。はっきり言って、もの凄く仲が悪かった。当然2人は反発。絶対無理と言って聞かなかった。何回にも及ぶ話し合いの果てに、彼らは1つの条件を出した。


「ユニットは2人ではなく、もう1人メンバーを入れて3人体制にすること」


 今、ここに頭を悩ませている。

 何人かこれはと思う子を組ませたのだが、皆あの大物オーラを振りまき、お互い火花を散らしまくる二人の間に挟まれて精神を病んでしまった。現在所属している子たちの中に、この2人と一緒に組ませられる相手はいない。


 それなら、外から探してくるスカウトしかないが、これも一朝一夕とはいかず、私はこのところずっと街をさまよい歩いている。

 あぁ。病んでしまいそう。私は途方に暮れていた。


「これ、落としましたよ」

 不意に声をかけられ振り向くと、自転車を引いた少年が私のストールをこちらに差し出して小首を傾げていた。私はぼーっとしながらストールを受けとる。

 ヘルメットから覗く髪は明るい茶色で、肌は健康的に焼けている。少し背は低めだが顔はなかなかかわいい顔をしていた。


「あっ、いけない!早くお弁当届けなきゃ!」

 少年は突然叫んで、自転車に乗って自転車を漕ぎ出す。

「あっ、待って君!」

 はっとして、呼び止めようとするが、少年はよっぽど急いでいたのか、私の声に気づかずにいってしまった。

「待ってぇぇぇ!」

 私の直観が言っている。彼は私の救世主になるのだと。


 それから、私は彼を探すために、街を歩き回った。しかし、この大きな街で人ひとりを何の手がかりもなくさがすのは不可能に近い。どうしたらいいのか。私は途方に暮れた。

 しかし、神さまはいた!

 疲れ切って、ちょっと休もうと入ったファーストフード店のカウンターに彼がいたのである。

「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」

 とびきりの笑顔で聞いてくる彼の手をがしっと掴む。

「やっぱりあなただわ!」

 私の直観が彼だと訴えていた。

 彼はぽかんと私を見ていた。



 ***


 彼のバイト先のファーストフード店のすぐ近くにあるファミレス。

 バイトが終わるまで待って、彼をここまで連れてきた。


 大野おおの大和やまとと名乗った彼は店に入るなり、盛大なお腹の音を鳴らした。

 好きなものを頼んでいいと言うと、大和は照れながらも目を輝かせてメニューを注文をする。

 ハンバーグ、スパゲティ、ポテトなど、テーブルに所狭しと並んだ大量の料理をあっという間に平らげていく。

「よく食べるわねぇ」

 私が呆れたような声を上げると、大和はフォークの手は止めて、ちらっと顔を上げた。


「がっついちゃってごめんなさい。僕、ここしばらくちゃんと食べてなくて」

 その言葉に思わず眉間にシワを寄せる。

「あなた、高校生よね? お家は?」

「年は17才ですけど高校には行っていません。父は幼い頃に蒸発して、母も男と一緒に家を出ていってしまったので、親が置いていったアパートで一人暮らししてます」

 大和は、何でもないことのようにさらっと言った。いや、結構深刻な話を聞いたような。

「さっきのファーストフード店とコンビニと食料配達のバイトでなんとか暮らせてるんですけど、将来のためにお金を少しでも貯めときたくて、ついご飯を抜いちゃうんですよね」

 私はついと無言でデザートメニューを渡す。大和は「いいんですか?」と、嬉しそうに大量のデザートを注文した。


 全て食べ終わって、満足気な彼に私は名刺を渡す。

「芸能プロダクション『シャイニー』のアララギメイコさん。ですか」

 大和は、名刺を手に取って読み上げる。

「あなた、アイドルになる気はない?」

 私は単刀直入に切り出す。

「アイドル、ですか?」

 大和は聞き慣れない言葉を聞いたかのように言葉を返すか。

「歌って踊って、観る人を元気にする仕事よ」

「僕、歌もダンスも好きですけど、人前でやったことないですよ? それに、僕そんなキラキラした仕事できないです」

「そんなことないわ! 何年もこの業界にいた私ならわかる、あなた人を惹き付ける才能があるわ!」

 私の机を乗り越えんばかりの勢いに、大和は狼狽えた様子を見せる。私は気を落ち着かせて席に座り直す。そして、仕切り直すべくこほんと咳払いをした。


「とにかく、私の直観があなたはアイドルになるべきだと言っているの。取り敢えず、一度レッスンに顔を出してみてほしいの。ダメかな?」

「……わかりました。あなたの直観? とかはわかりませんが、こうしてご飯もごちそうになったので一度だけ伺います」

 私の真剣な表情に、大和は困った顔をしながらもそう答えた。


 ***


「ねぇ、メイちゃん本気? あの子素人しろうとよね? 本当にあの2人と組ませるつもりなの?」

 歌唱講師の天野が心配げに聞いてくる。

 天野は私と年が近い講師でオネエだが、なぜかウマが合い一緒に飲みに行く仲だ。今日も無理を言って大和を見にこちらまで足を運んでもらった。


 レッスン場の真ん中には数人のレッスン生に一緒に、体を動かしている大和がいる。初心者と言う割には体が動いており、リズム感も良さそうだ。

「まぁ、顔はかわいいわね。見た目はあの2人と並んでもバランスは良さそうだし、ダンスのスジも良さそうだけど……あの子、高校生くらいよね? いきなりあの2人と組むのはかわいそうじゃない?」


 天野の言うことはもっともだ。大和にいくら素質があるとはいえ素人があの2人と肩を並べろというのは無理かもしれない。

「でも、もうこれしか手がないのよ。とりあえず、後で歌聴いてくれないかな?」

「まぁ、いいけど。それでダメそうならきっぱり言うから諦めなさいよ? あの子のためよ」


 そう、いくらか顔が良いといっても才能の無いならこの世界はやっていけない。才能があっても花開くかわからない厳しい世界だ。その道のプロがダメだと言うならその通リなのだろう。

 

 ダンスレッスンを終えて、大和がこちらにやってくる。

「どうだった?」

「久しぶりに体を動かしたので楽しかったです」

 大和は屈託なく言う。

「そう。あっ、この人は歌の先生なの」

 私が紹介すると、大和は天野を見て、ぺこっと頭を下げる。

「はじめまして!ちょっと君の歌を聞かせて貰っていいかな?」

 いきなり近づいてきたフレンドリーなオネエ、天野に「はい」と緊張気味に返事をする。

「そんなに固くならないで。誰も取って食ったりしないから。何か歌える歌はある?」

「……今流行ってる歌なら」

「じゃあ。ここで歌ってみて」

 天野は、レッスン場の隅にあるピアノの蓋をを開けて大和に促した。

 いきなりのことで驚きながらも、変に度胸があるというか、何が何だかわからないままなのだろう。大和は伴奏がないまま、大きく息を吸って歌い出す。


 それは、奇しくもミナトが匿名で動画サイトにあげて話題になっている曲だった。

 その歌声を聴いて、私の体に衝撃が走った。レッスン場にいた子たちがこちらを振り返る。

 伴奏も何もないのに彼の歌は正しい音程とリズムで、何より豊かに澄んだ歌声だった。

 歌い終わった後、私も天野もレッスン場の誰もがしばらく何も言えなかった。


 その沈黙を破ったのは入口方向からの拍手だった。入口の扉に寄りかかった青年が手を叩いている。全体的に色素の薄い中性的な雰囲気を醸した彼こそがミナトだった。


 ミナトはこちらに近づいてくる。

「へぇ。君、歌が上手いんだね。オレの曲、そんなに上手く歌える人初めて見た」

 大和はいきなり現れたミナトの圧倒的な存在感にびっくりしているようで、返事も「はぁ」と気の抜けたものだった。

 そんな大和に綺麗に笑いかけて、こちらを振り向くミナト。

「この子メンバー候補? アララギさん流石だね」

 そして、こちらだけに見えるように意地悪く挑むような顔をする。

「まぁ、素人っぽいし、お手並み拝見、だね」

 それだけ言って部屋を出ていく。


 ミナトの後ろ姿を見ながら決意した。

 絶対に大和をのミナトの隣に立たせてみせる。私のマネージャー生命をかけて。私は私の直観が正しいことを、証明してやる。

 私は拳を握りしめた。

 


(了)

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