よく知る視線

きざしよしと

よく知る視線

 頭は回らない方だという自覚はある。

 ただ、その依頼を持ち込まれた時、なんとなく、そう、本当になんとなくではあるのだが、嫌な感じの話だな……そう思った。


 アンドレア王国の郊外の雪道を走る荷馬車がある。薄幕とはいえ屋根付きの二頭立て、郊外を走る馬車としては上等な部類に入るだろう。

 手綱を引くのはまだ年若い青年だった。柔らかな茶髪を額の真ん中で分けており、性根の明るそうな顔立ちをしている。

 青年……ライムは賃金をもらって人を目的地まで送り届けることを生業としていた。春から秋までは行商としてあらゆる物を売り買いしているのだが、冬場は稼ぎが見込めない。なので、こういったサービス業にまで手を伸ばしている。気難しい同居人などは、「冬くらい働かんでもいい」と言ってくれるが、流石にそこまで友人に甘えるわけにはいかない。

 今日、荷馬車に乗せた人間は3人。

 似たような鎧を身につけた冒険者で、一仕事終えてきた後らしい。高揚からか、大きな声で自分達の武勇伝を語っていた。

「お前らにも見せてやりたかったぜ! 死ぬ直前の奴らの顔をよ!」

「言い方が野蛮です。我々は正義の代行者なのですからもっと規範になるような発言をしてください」

「ハン、これだからお堅いお坊ちゃんはよぉ……」

「これだから原始人は」

「も〜! やめなよ!」

 水と油らしい男2人を可愛らしい女性が間に入ることで諌めている。

「お3方は何の仕事をしてきたんです?」

 ライムが尋ねると、

「あの忌まわしきコフェルの一族を討伐してやったのよ」

 口の悪い方の男が答えた。

「奴らときたら肌は生白くて目玉は溶けたバターみたいな濁った黄色をしてやがる。大蛇の卵を普通に食べるような奴らなんだ」

 そう言う彼らの肌は日に焼けたような小麦色で、目は桃色をしていた。

「は、はあ、そうなんで」

 その熱の冷めきらない視線が苦手で、ひきつった笑いを返すライムは、前方に人影を見つけて「ちょっと失礼」と手綱を引く。

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 雪の中に佇んでいたのは1人の少女だった。真っ黒なローブを頭から被った、小さな少女。フードから覗く黒髪や真っ白な鼻の頭にはうっすらと霜が降りている。

 少女は黙って道からそれた林を指差した。そちらを見ると雪に車輪をとられたらしい小さな馬車が引っくり返っている。馬の姿はなかった。

「すみません、お客さん。このお嬢さんがお困りのようなんで、同乗させてもらっていいですかね?」

「おお、構わねえよ」

 快諾してくれた男達に頭を下げて、少女に乗るように促す。少女は黙ったまま会釈し、寒さを紛らわすように手をこすった。

「お嬢ちゃんお名前は?」

「……キイ」

「へえ、変わった名前だなぁ」

「どうしてあんなところに居たんですか?」

「故郷に帰る途中……コヨーテに驚いた馬に逃げられて……」

「コヨーテに!? 大丈夫だった?」

「……うん」

 少女は無口だったが質問をされれば、可愛らしい声でぽつぽつと答えた。3人と1人が絶えず言葉を交わしているうちに、男達の暮らす町に到着した。

「ここが私たちブッズの一族が暮らす集落でーす」

 すっかり少女の事を気に入ったらしい女が、円柱の建物が所々に立つ農村を背に手招きする。

「そういや、お嬢ちゃんは故郷に変える途中だったんだよな? それってどのあたりだ?」

「……あっち」

 少女が指したのは荷馬車の向こう。たった今通ってきた方角だった。

「えっ」

 驚いた女が何かを尋ねようとしたが、それは言葉にはならなかった。彼女が二の句を告げる前に、その首は真一文字に引き裂かれ、言葉の代わりに鮮血が迸る。

 慌てて男達が武器を構えるがもう遅い。するすると雪の中を駆ける少女の短刀に喉を引き裂かれてあっという間に絶命した。

「うわ、うわわわわわ……」

 ひらめくフードが外れ、根本の白い黒髪が露になる。じろりとライムの方をねめつけるのは、とろけたバターみたいな黄色の目。

「ブッズの人間って嫌い。野蛮だし、鼠の素揚げが主食なのよ、気持ち悪いわ。肌と目も変な色だし」

「そ、そっかぁ……オレは雇われただけなんだけど」

「あいつらと一緒にいた。だから駄目」

 一閃。

 喉元を通りすぎようとする白銀の記憶を最後に、ライムは目を閉じた。


 ブッズの集落からほど近い町にある小さなカフェで、1人の男がコーヒーを飲んでいた。赤いマーブル模様のチーズケーキをちまちまと食べて、新聞に踊る文字を熱心に追いかける。

 小さな記事であるが、コフェルの集落とブッズの集落が全焼したという文字を見つけて、ニヤリと笑う。

 ―――ようやく滅んだか。非人間どもめ。

 コフェルの一族とブッズの一族間にあるいさかいはこの辺りでは有名な話だった。彼らは事あるごとに争い続けてきた。お互いが、自分達の一族こそがまっとうだと信じているのだ。

 そして、そのどちらの一族も、男の住む町では対等の種族だと認められていない。

「よう」

 ほくそ笑む男にライムは声をかけた。ぐしゃりと潰された新聞記事の向こうから、死んだはずの男の顔を見つけてぎょっとする。

「おま……どうして」

 男の疑問には答えずにライムは彼の向かいに腰かけた。

「最初っから嫌な感じはしてたんだよ。あの辺りは部族間のいさかいが耐えないから旅行者なんているわけないし、途中で女の子を1人拾えだなんて変な注文はあるし……」

 にっこりと口角を上げる。しかし、目は笑っていない。

「オレの事が大嫌いなアンタからのヘルプだったしね」

 ライムに彼らを運ぶように直接の依頼したのは、実は彼ら自身ではない。目の前のこの男に「手が足りないから助けてほしい」と乞われたからなのだ。その時、今までの経験則から、ライムは依頼内容そのものを訝しんでいた。

 だから、予めある魔法アイテムを仕込んでいたのだ。月桂樹の枝と呼ばれるそれは、自分の精巧な分身を瞬時に召喚して入れ替わるという、とても貴重なものだ。アイテム自体は使い捨てなのだが、分身は殺されても死体が残る。そのせいで同居人に死んだと思われてひと悶着あったのだが、そのお陰で少女の目をごまかせたのだから、よしとする。

「ふ、ふん。ヤチホコにでも告げ口するか?」

「しないよ、めんどくさい」

 唐突に出た同居人の名前にライムは肩をすくめる。己の同居人が方々で恐れられているのは知っていたが、この程度の事で泣きついたりはしない。それくらいに場数は踏んでいる。

「依頼料、前金しか払ってないだろ。踏み倒そうったってそうはいかねーよ?」

「ぐ」

 男は苦虫を噛み潰したような声を出した。ライムが生きて帰ってくるとは思ってなかったのだろう。かなり法外な値段で持ちかけられた依頼だった。

「念書もあるし、所定の時間までに払えなかったら然るべき所に話が行くのでそのつもりで」

 悔しそうに歯を鳴らす男にほくそ笑んで、ライムは席を立つ。

「ほっとくんか」

 喫茶店の入口で待っていた同居人……カヅキが不満そうな声をあげる。彼は先日、月桂樹の枝で出来たライムの死体を見て、教え子の前で泣いてしまうほど取り乱してしまったため、機嫌がすこぶる悪い。今回の件で割を食ったのは、ライムよりもむしろ彼の方かもしれなかった。

「ほっとくよ。『杖無し』のオレに借金してるって事実の方が屈辱だろうし」

「はっ、くだらねぇな」

 馬鹿にしたように笑う。少しばかり機嫌は上向きになったようだ。

「肌の色とか食べるものとか、魔力がないとかあるとか、どっちの世界もやってる事は変わんないんだなぁ」

 ぼんやりとライムが呟く。

『杖無し』というのは、この世界において魔力を持たない人間を指す蔑称だった。杖は魔力を微量でも持っていれば、誰でも持っている身分証明書のようなものだ。それがないということは、どこの誰とも知れない無益な人間だと、差別されることが多い。

 もちろん『杖無し』であることを理由に差別することは認められていないが、かつての名残もあって周囲の目は暖かいとは言えない。

「んだよ、あっちに帰りてぇんか」

「まさか!」

 不服そうな低い声を吹き飛ばすようにライムは笑った。カヅキが低い声で喋る時は、高確率で不安を抱えている時なのだ。

「確かにオレにはどうしようもない事で冷たくされっと悲しい気持ちになるけどさぁ……それでもオレは、お前と生きれるこの世界がいいよ」

「……そぉかよ」

 そろり、とカヅキの方を見ると真っ白い耳がほんのり赤く色づいている。彼なりの嬉しいというサインだった。

 ―――きっと晩御飯はとびきり美味しいビーフシチューだ。

 仕事の時よりもよほどはっきりとした直観に、可笑しくなって笑ってしまった。

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