3分婚 ~「今好きになったので結婚してください!」という直感的な彼女のことを、直観的に判断して3分で結婚を決めた話~

花氷

3分間の奇跡

「今好きになったので結婚してください!」



 ベンチで本を読んでいたら、突然透き通った女性の声が鼓膜を震わせた。


 驚いて顔を上げると、朝焼けを背に無邪気に微笑む女性が佇んでいた。暗い中でもわかる美しい瞳と風になびく繊細な髪に、一瞬で目を奪われた。


 そして直観的に察した。この知らない女性は、僕の運命の相手だと。


 単なるフィーリングではなく、僕の中に眠る何かがそう判断しているのだと。


 けれど、それが何であるのかはわからない。


 だから僕は本を閉じ、彼女に尋ねた。



「君は、誰? なぜ僕に告白をしたの?」

「私はマチビトA。ベンチに座るあなたを直感的に好きになったから告白したの」



 街人A。どうやら彼女は僕に一目惚れをしたらしい。


 確かに僕はそれなりに端正な顔立ちをしているから一目惚れはあり得ない話ではないけれど、結婚したい理由はなんだろう?


 僕は再び彼女に質問をした。

 


「どうして僕と結婚したいの?」

「その理由はあなたに当てて欲しいわ」



 彼女はおかしなことを言っている。いきなり告白しておいて、その理由を当てろと言うのは不躾だ。


 けれど、僕の直観はなぜか彼女との会話の終了を許さなかった。



「……わかった、当てるよ。じゃあ君は、なぜここにいるの?」

「ここに来れば好きな人に会えることを知っているから」



 とても不思議なことをいう女性だ。これではまだ、彼女が僕と結婚したい理由は到底わからない。



「では別の質問を。君の名前は?」

しおり。本の栞よ」

「栞か……」



 『栞』という言葉にも直観的に引っ掛かった。心の奥底に眠る何かが騒めき立つような、このもどかしさはなんだろう。



「……じゃあ、僕のどこが好きなの?」

「毎日同じことを繰り返すのに、毎日新鮮な気持ちにさせてくれるところ。私に必ずある言葉を送ってくれるところ」



 ……降参だ。さっぱりわからない。


 僕が腕組みをしながら考えあぐねていると、彼女が優しい声色で言葉を発した。



「じゃあ、いつも通りヒントを出すわ」

「ヒント?」

「2つあるの。まずは1つ目。私は1点だけ嘘をついている」

 


 嘘? ということは、『好き』というのが嘘だろうか。


 ……いや、違う。『好き』が嘘なら『結婚したい』が真実となるが、『嫌い』なのに『結婚したい』という理論は矛盾する。


 矛盾……そうか。『今』好きになったのに『毎日』新鮮な気持ちにさせてくれるところが好き、という点は矛盾している。


 つまり、どちらかは嘘。



「『今』か『毎日』のどちらかが嘘だね?」

「正解。私は『今』好きになった訳じゃないわ。一目惚れを装ったの」

「なぜ、そんな必要があったの?」

「ふふ。それも当てて欲しいわ。じゃあ、2つ目のヒント。それは私の名前よ」



 名前? 彼女の名前は栞。それが結婚したい理由に繋がるのだろうか?


 ……そういえば彼女が名前を紹介した時、わざわざ『本の栞』という説明を加えていた。


 本といえば、今僕が持っている文庫本。これは、今朝枕元に置いてあったもの。栞も挟まっている。


 あ、栞か――


 僕は慌てて本を開き、栞を手に取った。

 そこには文字が書かれてある。



【直樹へ あなたは今日も私を忘れているかもしれない。でも、初めて会ったあの場所で、同じシチュエーションで出会えば、きっと何度でも思い出せるわ。そう信じて、私は今日も、朝焼けが美しく見えるあのベンチへ行きます。 栞】



 ボロボロになったそれを見て、僕の涙腺は決壊した。


 ――僕の直観は、当たっていたんだ。彼女が運命の人であるという直観が。


 感情の雫が、本の文字をぼやかす。『明日の記憶』という本の文字を。



「僕は、なんだね」

「そうよ。直樹が『僕の病気が治ったら結婚しよう』と言ってくれた翌日から症状が酷くなって、毎日記憶がリセットされてしまうようになったの」



 そうか……だから朝起きたら僕は、どこか他人事のような人生を生きている心地になったのか。



「でも、記憶は失っても直観は失われなかった。あなたは私と出会った場所に、毎朝必ず来るの。同じ時間帯に、同じベンチに座って、同じ本を読んでいる。だから私は、初めて会った日と同じ言葉を毎日かけ続けているの。『今好きになったので結婚してください!』ってね」



 朝日が昇り、周囲がより一層明るくなると、栞の顔が鮮明に見えた。

 頬には美しい一筋の想いが輝いていた。


 栞はこんな僕のために、毎日毎日同じことを繰り返してくれているなんて……。


 僕は心が強烈に締め付けられ、衝動的に彼女を抱きしめた。


 きっと僕は、いつもこうして彼女を抱きしめ、ある言葉を言うんだ。

 

 記憶はなくても、直観が僕をそうさせる。



「栞、僕と結婚して欲しい。明日は必ず、君を忘れないから」



 A・栞と、僕は明日こそ必ず結婚する。


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3分婚 ~「今好きになったので結婚してください!」という直感的な彼女のことを、直観的に判断して3分で結婚を決めた話~ 花氷 @shiraaikyo07

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