物語執筆セラピーで再び走れるようになる話【文書ロイドシリーズ短編】

春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち)

物語執筆セラピーで再び走れるようになる話



 僕はいつから走れなくなったのだろう? それは、もう、思い出せない。



 そしてそんな僕にリハビリのコーチが付いた。それはとても綺麗で大和撫子やまとなでしこなAIだった。




「次の患者さん、斉藤さいとう りょうさん、どうぞ」


 車椅子に乗り、医師の診察へと通される。僕の足は動かない。事故の後遺症だ。だが、なんで『精神科』なんだ? 解せない。


「斉藤 亮さんね。ちょうど高校2年生といったところかな。ところで、何故精神科に通されたという顔をしてるね?」


 先生は僕の疑いの眼差しを受け止めつつも淡々と事実を述べる。


「あなたの足はもう、完治しているハズなんですよ。外科医からも手術は成功していると太鼓判をもらっている。そしてあなたが実際に歩けないのは自身の内面、精神的なよりどころによるものだと思われます。そこで」


 先生はそう言って言葉を切り、VRゲームをする時に装着するようなヘッドギアを看護師に持ってこさせる。


「これは最新の療法なのですが、『物語執筆セラピー』という療法があります。自閉症や心が鬱屈うっくつしている人が動物には心を開いていく『アニマルセラピー』と要素は同じだと思いますが、自身の内面からネタを抽出し物語を執筆する過程で自分と向き合い、心の整理を付けて、前へ進めるようになるというものです。もう少しカッチリ説明するなら、物語執筆を通して自分の過去や内面と向き合い、対決ないし対話によって乗り越えるイメージですかね。そして、このVRヘッドギアの中にはその執筆を手助けないし指導する文書ぶんしょロイド、分かりやすく言えばAIですね。が、搭載されています」


 先生は「いかがですか? やってみますか?」と確認をとってくる。僕は少し考え、「はい」と答えた。なんか、心の奥にモヤモヤしたものが隠れていて若干気持ちが悪いと思う自分がいたから。そしてそれを手助けしてくれるなら、それでもいいと思えたからだ。




 そして、僕はVR空間で文書ぶんしょロイドの和子かずこと対面を果たす。


「初めましてやな。ウチは文書ぶんしょロイド文子ふみこVer.1.85で、固有名は和子かずこいうんや。説明はあらかた精神科の先生がしてくれたさかい、省くで。それじゃあよろしゅうな、りょうちゃん!」


 そこには艶のある黒髪ロングの大和撫子やまとなでしこ割烹着かっぽうぎまとって立っていた。


「よろしくお願いします……かずさん」


 いきなり砕けた呼び方をされ、キョドった僕は差し伸べられた手をぎこちなく握るので精いっぱいだった。





 それからはひたすらかずさんとの修練の日々。どうやらこのVR空間は『ブンシュのうみ』というらしく全ての言葉が溶け合った深淵しんえんだそうだ。まぁ海は深くて危ないので実際は海のそばの浜辺『コトノハマ』で自分の内面からネタを抽出し執筆をしていく。でも、『言葉』が出てこない。うまく言えない、でも、何かが抵抗している。自分の中のナニかが、拒んでいるかのように。


「なかなか出されへんのやね。まぁ無理せず、ぼちぼちやろかっ」


 かずさんはどこまでも優しい。でも僕は鬱鬱うつうつとしてきてヒネたテンションでくだを巻いてしまう。


「なんで、こんなに辛いんだよ! こんなのもうやだよ! なんでこんなに言葉を絞り出すのに躍起やっきにならなきゃいけないんだよ! 和さん……ねぇ和さん! こんなことをしなくても手っ取り早く僕の頭の中身を吸い出して文章に出来るんでしょ! だったらそうしてよっ!!」


 和さんは叫ぶ僕の顔を両手でホールドし、強引に面と向かせて言い放つ。


「だれに聞いたかしらへんけど、それは無理やで! 出来たとしてもそんな無粋なマネせぇへん!」


 初めて見る和さんの怒りだった。


「ええか、亮ちゃん。悩んで苦しんで足掻あがいて絞り出した言葉には『強度』があるんや。ナニモノにもおかされへん、亮ちゃんだけの『』や。労せず頭の中身を引っ張り出して、お手軽簡単にトラウマを解消するようなインスタントな物語とは違う。亮ちゃんだけの亮ちゃんのためだけの素敵な物語・・や」


 ニカッと笑う和さんの眼差しは僕に希望のある未来を提示してくれているようだった。


 そして執筆もいよいよ佳境かきょうというところで、僕は気付いてしまった。気付かなければ、気付くべきではなかったのに。




 そうか、僕は、『んで』足を切り離したんだ。




 僕は陸上部に所属し、メキメキと力を付け、インターハイで県下一と言われてた。声援に突き動かされ、走ることの楽しさを知った気になっていた愚かな自分。

 そしてそのしっぺ返しは起こるべくして起こる。最初は下駄箱の靴に画鋲がびょうが入れられていたものだったが、ユニフォームが破られたり、ネット上での罵詈雑言ばりぞうごん。『みんなのために走っているよ!』というのが当時の僕のテンションだったゆえに、この状況はこたえた。それこそ魂のすり切れるほどに。そして実際すり切れた。僕は高台から飛び降り自殺を図り、奇跡的に助かったものの、足はもう機能しなくなった。


「でも、実は足は機能するという可能性は残された。いや、もう治ってるのよ。あとは亮ちゃんの次第!」


 気付けば僕はかずさんに抱きしめられていた。


「でもダメだよ! 和さん。僕はもう走りたくない! 歩きたくない! 動きたくない! だって他人が怖いもん。認められないことが怖い。だったら会わなきゃ良いんだよ。動かなきゃいい。その為には動く『機能』を持つ『足』は邪魔でしかないから!」



 そんなの叫びに呼応したのか、ブンシュの海が割れ、中から目だけ空いた仮面を被った不気味な骸骨大蛇が飛び出した。


「こ~ん、に~ち、わぁ~♪ 『サッカ』だよぉ~♪ サッカという人の心を喰う バ ケ モ ノ だよぉ~♪ キミの心が美味しそうで、思わず来ちゃったぁ♪ じゃあ、今から『喰い散らかす』から、よ~ろ、し~く、ねぇ~♪」


「あれは『サッカ』。古代より人の心を喰うものや。なぁ亮ちゃん。大丈夫や! ウチがおる! 亮ちゃんは孤独ヒ・ト・リやないっ!」


 和さんに両手に包まれた僕の手の平が熱い。

 その熱は僕の全身をすみずみまで駆け巡り、心の中に火を灯した。

 勇気という名の火を。


【人と会うのは怖いしねたむ人もいるし動きたくないし何もしたくないしこの先長い長い人生を走りきる自信なんてとうにないしでも、かずさんが励ましてくれたから、僕のことを信じてくれたから、言葉には希望があると教えてくれたから、だから僕は自分の為にかずさんの為に、走りたいという望みではなく は し る という義務ないし使命感をもって自身の『力』を『行使』する。そうする必要があるから。それが出来るのは僕だけだから。持つ者が負う義務『ノブレスオブリージュ』を果たすために】


「きちんと自分の声を言葉に、文章に、意志に書き起こせたやないか!やったで!亮ちゃん、おめでとなぁ」


 強度・・ある言葉が『力』を呼び寄せる。


 発動【韋駄天いだてん


 和さんをともなって走り出す。


 駆ける駆ける駆ける、浜辺を海を空までをも駆け回る。


「ちょこまか、と、う~る、さ~い……っと」


 サッカの全身から光線かがほとばしり、まるで光のシャワーだ。だが、僕達・・はそのことごとくをかわす。


 そして、【金剛神雷之担手ホーミングミサイル


 僕の周りに展開した数多の金色の流線型の仏具が、サッカを刺し貫いていく。


 こうして僕は現実世界へと帰還した。




 そして今、僕は実際に現実世界で走っている。VRヘッドギアから和さんの声が聞こえる。

『ようやったなぁ。走れたやん♪』

「和さんのおかげ。和さんは僕の恩人」

 僕は努めて簡潔に答える。だってそうだろ。もうすぐ和さんとはお別れなんだから。

『亮ちゃん、ウチは次の現場へ行くで!亮ちゃんが立ち直ってくれて嬉しかったぁ。ウチ、なんかこの仕事に誇りが持てそうやわ。これも全て亮ちゃんのおかげかな、こっちこそまさに恩人やで! ほなな、元気でやりぃや』




 和さんとはそれっきりになった。

 やがてしばらくしてAI暴走事件の責任を取って製作社たるMUSTシステムが、AI搭載型の文書ロイド文子Ver.1.00シリーズを一斉に処分したというニュースが流れた。



僕は絶望し、慟哭どうこくした。






 そんな日々が過ぎてしばらく。

 机の中にしまっていたVRヘッドギアから音がする。

 少し迷ったものの、それを付けると。


 そこには。


「悪いなぁ、出戻りや。りょうちゃん、あんじょうよろしゅうな!」


 夢にまで見たかずさんの姿が!




 僕は万感・・の想いを持って迎えた。



「お帰り! かずさん」






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【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典『サッカ』 ~飽和(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~ 俺は何が何でも作家になりたい!そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもまぁ!!


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