第2話 ●疑問 ~ 暴力反対

「先生って、医者としての腕はいいよね。腕のだるさが全然なくなった。フォルテ感激♪」


町はずれのノワールの診療所に、朝一にフォルテが訪れていた。


腕がだるい、ということで針治療を受けに来たのだった。


だるさを訴えている腕だけでなく、首、背中に針を刺し、治療を行ったところ、すっかりなくなったようだ。


フォルテの『医者としての』というワードが気になったが、そこはあえてスルーすることとした。


「ねー、なんで腕がだるいのに、腕だけじゃなくて、他のところにも針さすの?」


もっともな質問をフォルテがしてきた。


「腕の筋肉は背中や首につながっているんですよ。だから、その症状によっては、その患部だけでなく他のところにも刺すんです。」


「へー、そーなんだー。一つ賢くなった♪」


ノワールの簡単な説明だったが、その説明をきいてフォルテは機嫌よく返答した。




「先生、昨日のフォルテの演奏を聴いてどうだった?」


フォルテは悪戯っぽく聞いてきた。


「ええ、とっても上手でしたよ。お世辞抜きに。」


これはほんとである。フォルテの演奏は本当にうまく、その場を盛り上げることもできる。


しかも、だれかに教わったことなく独学で学んだ、とのことなので、天才である。


「ちなみに、ピアノをうまく弾くコツなんですか?」


「コツ?ないよ?なんとなく、ドーンとか、バーンとか、って感じで弾くからさ♪」


ノワールの質問に、フォルテは笑いながら答えた。


(あ、この娘、天才は天才でも感覚でやる天才だ。)


フォルテの答えで、彼女がどんな天才の部類に入るか、ノワールは察した。




「フォルテさん、ピアノを人に教えるの下手でしょ?」


『ドスッ』


ノワールが指摘した後、


鈍い音と共に、フォルテの右フックがノワールの横腹にめり込んだ。


フォルテにとっては触れてもらいたいところを、触れてしまったようだ。




「でもさ、なんでこんなに採用試験に落ちるんだろ。」


フォルテは口をとがらせ、昨晩の話題を再度ふってきた。




彼女の言っている採用試験は、宮廷音楽家の採用試験であり、1か月に一度行われるもの。


楽器はなんでもよく、ピアノ、ヴァイオリン、フルートなど様々である。


ちなみにフォルテはピアノで採用試験を受けている。


合格すれば、宮廷音楽家の一人として活動することができ、ある意味今後の人生は約束されたものとなる。


宮廷音楽家の活動内容は、というと、主に宮廷で行われる式典、パーティ等の行事で演奏する。


主要メンバーは、通常業務に加え、貴族との交遊の際に駆り出され、人によっては政治的な力もつけていき、発言力が強くなるものもいる。


もちろん、それだけのものが約束されている試験のため、ハードルは高い。


月1で開催されるが、合格するのは1名。


試験は一次と二次(最終)試験に分かれているが、一度一次試験を通過すれば、その後一次試験は免除され、二次(最終)試験を何度も受けることができる。


一次試験を通過するためには当然それなりの技量が求められるものであり、たいていの受験者はここで振り落とされる。


フォルテはすでに一次試験を一発で通過している。


一次試験をすでに通過していること、それと彼女の昨日の演奏を聴いていると、技量としては問題なく、十分二次(最終)試験を合格するレベルにはある。


だが、実はこの試験にはカラクリがある。




「フォルテさん、もう何回二次試験受けました?」


「んー、わからない。数えていないし。でもかなり回数は受けているよ。」


正確な数はわからないが、10回以上は受けているだろう。


それだけ受けて受からないと、メンタルがやられてもおかしくない。


そういう意味では、鋼のメンタルの持ち主である。


「いつまで受け続けるつもりですか?」


「んー、わからない。受かるまでかな♪」


「ちなみに、なんで宮廷音楽家を目指しているんですか?」


「町のみんなに恩返しかな。」


「恩返し?」


「そう、私、親がいなくて、町のみんなに育ててもらったようなものだから。」


フォルテが少ししんみりした様子で話し出した。


「わたし、孤児院抜け出して、この町に来たんだよね。孤児院を仕切っているやつがすごい嫌な奴でさ。」


「その時、この町の人たちが事情を分かってくれて、孤児院に送り返すことなく、住むところとかも用意してくれたりとかして、すごく優しくしてくれたから、少しでも恩返ししたいかな、と思ってさ。」


「宮廷音楽家になれば、この町出身だ、ていうことで、この町に貢献できるでしょ?」


ふざけた娘だと思っていたが、なかなかしっかりしたところがあり、思わず関心してしまった。




だが、ノワールは内心、失敗したと思った。


また、余計なことを質問して、ある意味聞かなくても良い身の上の情報を聞いてしまい、ノワールの、お節介の虫がうずきだしてしまった。


(ここで本当のことを教えた方がいいのか?それともそれを知らずにいた方が幸せなのか?)


「って、先生聞いているの?」


フォルテの声に、ノワールは、「ハッ」と我に返る。


「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて。」


そうノワールが答えると、


「質問しておいて、聞いてないってメッチャ失礼だね。」


とフォルテはかなりご立腹になってしまった。


「でも、まあいいや、腕、楽にしてくれたから。じゃあね。また来るね。」


そう言って、見送る間もなく、フォルテはあっという間に去って行ってしまった。




ノワールは一息ついた後、フォルテに伝えようか悩んでいたことを思い返した。


宮廷音楽家の試験だが、フォルテは99%受からないだろう。


その理由は、実はその時の合格者は事前に決定しているからだ。


審査員は貴族の派閥の長で構成されており、その派閥から順々に合格者を決定している。


よって、合格者は、ほぼ貴族である。


なので、貴族ではないフォルテは合格することは不可能に近い。


もちろん、その貴族がデキレースで合格が決まっていたからと言って、実力がないわけではない。


実力の無いものは一次試験で振り落とされる、からだ。


それに、もし全く実力がないものをデキレースの二次(最終)試験で合格させるならば、その後他の派閥から嘲笑の的にされるため、そういう意味ではそれなりの実力者が合格をしている。


そして、その合格者の実力はフォルテと同じくらいはある。


こうした事情のため、入り口からハンデを負っているフォルテが合格するためには、2倍いや3倍以上の実力の差を見せつける必要があるが、ただ現実的にそれは不可能だろう。


そうなると、フォルテが試験に受かる可能性はまずない。


あのような、試験を受け続けている感動的な動機を聞いたあとに、この残酷な話をフォルテにするのは酷だったため、ノワールは躊躇してしまった。


そもそも、なぜノワールがそのようなことを知っているか、というのは後程明らかさせていただく。




「どーでもいいか。」


ノワールにとって、フォルテが合格しようがしまいが、関係ない。


だが、「どーでもいい。」とつぶやいたが、どこかやはり、持ち前のお節介気質がうずきだし、気になってしまう。


「世の中って、残酷だよな…。」


ノワールは、努力が報われない不公平なシステムに、正直な感想を吐き出した。


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