第28話 2126年 2月7日 23:14 状態:警告、エアロック破損

 生き残るためのマニュアル


 意見の合わない誰かと遭遇した場合、時には対話が求められるでしょう。

 例え人種や言語が違っても、友好的ならばお互いに理解する努力が必要です。



 最初は余震だと思ったが、直ぐに違うと考え直した。連続した揺れでは無く、強い揺れが一度だけだったからだ。ベッドから飛び起きると、もう一度、今度は揺れがなく、シェルターに大きな音が木霊した。


 明らかに異常事態だ。エアロックを確認しようと一歩踏み出すと同時に、シェルター内に電子音声響き渡った。それは最も聞きたくない報告で、最悪の事態に陥った事を示していた。


『緊急事態。第一エアロック破損、第二エアロックにダメージ。構造的整合性78%。防衛システムを起動します』


 放送の後、直ぐに居住空間とエアロックを繋ぐドアが封鎖され事を聴覚で感じた。今頃は天井から自動迎撃機銃が顔を覗かせている筈だ。


 エアロック破損の原因を電子音声は語らなかった――語れないだろうが――が、俺には原因が分かった。きっとミュータント共だ。理由は分からないが、自然以外でシェルターを破壊できるのは奴ら位の物だろう。どうやってここまで来たかは分からないが、これは現実だ。


 クソッタレ共が遂に喉元まで攻めてきたが、黙って殺されるつもりは毛頭無い。第二エアロックと自動迎撃機銃、二酸化炭素噴射システムが持ちこたえている間に防衛の準備を整えるのだ。明日になれば血清の効果も出ているだろう。先人達の努力を無駄には出来ない。


 エアロックと居住空間は一か所の通路だけで繋がっているから、そこにバリケードを作って防衛するのが最善策であり、俺が自殺以外に取れる唯一の行動だ。倉庫から空のコンテナを運び出し、通路に積み上げる。俺の腰ぐらいの高さまで積み上げると、武器庫に向かいACUを着込み、AK12とM240と弾薬、手榴弾をありったけ運び出し、M240をバイポットでバリケードに据えた。


 丁度その時、大きな破砕音が響き、自動迎撃機銃の連続した銃声が聞こえてきた。


『第二エアロック破損。二酸化炭素噴射システム破損』


 実験室に駆け込み、前後のエアロックを封鎖し、再びバリケードまで戻った。その頃には銃声も消えていた。弾が尽きたのか、壊されたのかは定かでは無いが、奴らがここに殺到しつつある事は間違いなかった。


 給弾トレイに弾薬ベルトが正しく載っている事を確認し、蓋を閉じ、続けてAK12をコッキングした。


 エアロックが叩かれる度に大きく軋み、歪を大きくしていく。壊れるのは時間の問題だろう。そうしている間にも再び叩かれ、小さなパーツが脱落して床に転がった。もう一度。今度は大きなパーツが俺目掛けて吹き飛び、積み上げたコンテナにぶつかった。エアロックの裂け目から右腕が肥大化したミュータントが見えた……いつぞやの変異種だ。どう見てもエアロックは限界だった。


 裂け目の向こうで変異種が右手を大きく振りかぶる。グリップを握る力が自然と強くなり、引き金に触れる人差し指は今にも俺の制御を離れようとしていた。


 大きく引いた腕が叩きつけられた。エアロックが両開きのドアの様にへしゃげ、先頭の変異種と背後に控える大勢のミュータントが見えると同時に、俺は引き金を絞った。


 発砲炎と銃声が幾重にも反響し、血飛沫が上がる。近距離でミュータントに命中した7.62mm弾はそのエネルギーを消費しきれずに身体を炸裂させ、貫通して背後のミュータントをも殺した。しかし奴らは止まらず、死体や肉塊を踏み越えて波の様に迫ってくる。その様子はノルマンディー上陸作戦を思い起こさせた。


 変異種は全身に銃弾を浴びながらも果敢に前進し、倒れつつも大きな右腕をコンテナに叩きつけた。バリケードに大きな損傷は無かったが、もたれ掛かった死体は射撃の邪魔だった。それに、百発の弾倉はもうすぐ尽きつつある。


 弾倉を変える猶予は無く、道は後退するしか残されていなかった。リビングで戦うのもいいが、実験室に入られると不味い。しかし、実験室の守りは強固だし、見た所奴らの中に変異種はもういなかった。エアロックを突破するのに相応の時間が掛かるはずだ。


 背水の陣になるが、AK12をばら撒き、手榴弾を落としながら実験室の前――グレーゾーンに駆け込み、エアロックを封鎖。M240の弾倉を変えた。これで少しは時間が稼げる……はずだった。


 妙な事が起きた。エアロックは一度も叩かれる事無く、ミュータント共が侵入を試みようとしていなかった。しかし、本当に妙なのは――エアロックが、突然開いた事だ。


 雪崩れこんでくるミュータント共に面食らって、慌てて引き金を絞ろうとしたが、出来なかった。引き金はビクともしなかったのだ。


 俺は最後を覚悟し、手榴弾を握り締め、ピンを抜いた。眼を閉じて、手を離そうとした時だった。


「やめろ」


 その一声でミュータントの軍勢はその場に止まり、俺の手から手榴弾が離れ、空中でバラバラになった。完全に分解された手榴弾はしばしその場に静止し、やがて重力に引かれ落下した。


 何が起きているのかまるで理解できなかったが、その姿を見た瞬間全てを理解し、誰がミュータントをここに導いたかを悟った。抗いようの無い絶対的な存在……眼の前に居たのはそんな存在だった。


 奴は俺を助けたのか? それともミュータント共の前で公開処刑するつもりなのか? 奴は俺の考えもお見通しなんだろう……奴の目をじっと見て、深淵の中からありもしない真実を汲み取ろうとしていると、奴が声を発した。


「時は来た。対話の時間だ」


 そこに居たのは上位者だった。



 「わたしは有って有る者。」――出エジプト記3章14節

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