第26話 2126年 2月6日 11:18 状態:生存

 生き残るためのマニュアル


 シェルターには非致死性兵器が保管されていますが、それは必ずしも対象を殺さないとは限りません。




 朝が来た。いつも通りの朝だ。昨日で実験室は完成しているので、やっと今日から血清を実際に使うことが出来る。今日の予定は決まっている。ミュータントを生きたまま捕獲して、シェルターに持ち帰る事だ。


 正直朝食を摂る時間も惜しかったが、食べなければ体が動かないので詰め込む様にして食べて、武器庫に向かった。


 今回の地表活動には勿論殺傷武器を持っていくが、それとは別にミュータントを生け捕りにできる武器が必要だ。生物を生きたまま捕らえる――無力化する手段は無数に存在するが、接近してでは無く、安全を保てる距離からでは限られてくる。


 投げ縄を投げるなどの曲芸じみた芸当を除外すれば、麻酔銃かゴム弾、スタンガンが挙げられる。


 しかし、麻酔銃はミュータントに対する効果が予測できないという欠点がある。恐らく人が昏倒する程度の麻酔では効かないだろうし、かといって猛獣なんかに使うエトルフィンとアセプロマジンの組み合わせでは強すぎるかもしれない。それに麻酔が効きつつある体でも出来得る限りの反撃を行ってくるはずだ。


 ゴム弾は痛みとショックで行動を制限する物だが、奴らの痛覚は鈍い様だし、ゴム弾程度のショックでは止まらないだろう。


 と、なるとスタンガンが一番有効に思える。筋肉を強制的に収縮させる性質上、痛覚が無かろうと意思に関係なく体の自由を奪えるし、シェルターには電源部とワイヤーを発射体に内蔵して通常の銃器感覚で使用できるモデルが保管されている。これは前回病院で使った散弾銃に込めて使用できる上、狙いも正確だ。しかもサイズは12ゲージ弾と同じ形状なので携行も容易。これがベストだ。


 普段通りの装備品にスタンガンを加え、地表へと上がった。


 地表はいつも変わらない景色だ。天候こそ変われど、人ひとりいない荒涼とした土地が何処までも広がり、残された人工物が人知れず崩れ去って行く。この景色を見てここが戦前の大都市であったと誰が想像できるだろうか?


 もし血清が上手くいって多くの人類が再び繁栄したとして、以前の文明を復興させるまでにどれ程の時間が必要になるのだろう。きっと途方も無い、長い長い時間を要するだろう。何代も何代も復興を引き継ぎ、意思を継承していかなければいけない。しかし何時か再び戦争が起きたら? 再び自らの手で世界を滅ぼしてしまわない確証がどこにある?


 俺は嵐の中の小舟ではないのだろうか。どれだけ抗おうと、決して勝てない。引き際を誤った、哀れな存在だ。勿論、今の俺に課せられた使命は果たすつもりだ。しかし、その後が不安だった。


 頭を軽く振って考えを断ち、今日の活動場所を考える。


 探索では無く、ミュータントが居る事が分かっている場所が良い。ただ、あまり強力な奴が居ると不味い。この辺りを考慮すると、地下鉄が良いだろう。


 道中は相変わらず白骨死体ばかり。変わった事と言えば幾つかの植物が見られた事か。今年の春は早そうだ。そう言えばもう節分も終わったのか……目覚めてから色々な事が起こりすぎて忘れていた。


 地下鉄の入り口はより破壊が進んでおり、階段はスロープの様になっていた。帰り道に階段が使えないと困るので、数少ない残った階段を避けて、滑り降りて地下鉄に入った。


 埃も深淵の様な暗闇もそのままだ。暗視装置を起動して奥に進むと駅弁屋が見えてきた。以前ヒステリーと初めて遭遇した場所だ。ふと、死体がどうなっているかが気になった。初遭遇の時、胴に二発撃ち込んで殺したのだ。


 AK12を構えて中に入ると、死体はどこにも無かった。腐ったとは考えにくいし、それなら骨は残るはずだ。食われたか、何処かに持ち去られたか。それ以外か。文字通り真相は闇の中だ。


 駅弁屋を出て注意深く進むと、小さな唸り声が聞こえた。俺の横にある男子トイレからだ。AK12をスリングに預け、モスバーグM500を構える。一発目はテーザー弾だが、銃剣を取り付けてあるので緊急対処くらいは出来る。


 足元の瓦礫を踏んで音で気付かれると不味いので慎重に進み、奥へと侵入する。小便器の列には居ない。唸り声は個室からだ。個室は三つあって、ドアが辛うじて付いているのは一番奥の一つだけだった。


 前二つの個室には何も居ない……つまり一番奥だ。頭の中でテーザーを撃ってから拘束までをシュミレートして、一番奥の個室に銃を向けた。


 ミュータントは正面を向いてしゃがみ込んでいた。目が合った瞬間に、引き金を絞った。


 テーザーが発射され、ミュータントの体に突き刺さり、電流が筋肉を強制的に収縮させ、叫び声も上げさせずにその場に倒した。痙攣している隙に口に布を詰め、頭に麻袋を被せる。最後に手足を拘束して自由を完全に奪った。


 M500をスリングに預けてミュータントを担ぐ。思ったより軽いな。子供だったのかもしれない。


 抵抗の少なくなったミュータントを担いで出口に向かって走っていると、前方の従業員出入り口から一体のミュータントが飛び出し、叫び声を上げた。だがもう遅い。出口はすぐそこだホルスターからベレッタPX4を抜き、胴に二発撃って倒し、死体を踏みつけて階段を駆け上がる。背後から叫び声が聞こえるが、今回は俺の勝ちだ。


 その後シェルターに戻り、入り口で死体袋に入れて汚染除去シャワーで洗浄してから実験室に入れ、四肢を拘束した上で安全キャビネットの中に入れた。


 血清を注射して、カメラ二十四時間体制の監視を付けた。拘束が解けたり、大きな動きがあれば俺のデバイスに警告がくる手筈だ。


 ミュータントをここまで運び込むのには苦労したが、血清が効いてくれれば苦労が報われる。


 四十八時間後に、俺の苦労が無駄に終わらない事を祈る。

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