第23話 2126年 2月3日 12:26 状態:警告、酸素が漏れています。

 生き残るためのマニュアル


 ダクトテープは便利ですが、それ一つで全てが治せるわけではありません。



 左手でベレッタPX4を抜き、背後に乱射しながら部屋から通路、また部屋へと走る。先程の手榴弾は思った様に効果を発揮してくれなかったらしく、追ってくるクリーチャーの数が五体から四体に減り、ある一体の右腕を吹き飛ばしただけだった。


 背後に向けての乱射も、奴らが少しでも怯んでくれればいいと思っての行為だったが、そもそも奴らに恐怖を感じる機能は付いていないのだろう。ならば当たらない弾をばら撒くのは間違っている。


 PX4をレッグホルスターに戻し、モスバーグM500に12ゲージ00バックショットを二発装填。部屋を抜けた所で思い切って振り返り、腰だめで立て続けに二度引き金を絞った。


 ほどよく拡散した散弾を真正面からモロに浴びたクリーチャーは上半身をのけ反らせ、しかし勢いを下半身に保ったまま派手に突き倒された様に絶命した。


 一体この病院内にはどれだけの数のクリーチャーがいるのだろう? 最早何体倒したかなど数えていないが、このままでは弾が尽きる。こんな事ならAK12を外に置いてくるんじゃ無かった。


 追ってくる敵がいなくなった所で走るのを止め、病室に設置された壊れたベッドの影に身を潜める。あの肉腫から隠れなければ。


 暫くじっとしていると、通路の奥から反響するクリック音が聞こえてきた――俺を見失ったみたいだ。


 ずっとここに留まっている訳にはいかない。何時かは肉腫を殺さなければいけないが、唯一奴を殺せそうな武器はリスクが大きすぎる――それはC4爆薬だ。


 俺は今、C4爆薬を五百グラム持っている。その程度なら病院に大きな損害は与えずに、肉腫に有効なダメージを与えられるはずだ――もし建築年数が百年を超えていなければ。


 一番の問題はそこだ。しっかり管理されて、建築年数上でも問題なければ恐らくは耐えられるはずだ。しかし、この病院は明らかに構造的健全性に問題がある。現に俺の居る病室は床にも壁にも大きな罅があり、いたる所のコンクリートやら何やらが剥離しているのだ、爆発の衝撃がどこまで及ぶのか想像も付かなかった。


 だが、それ以外に奴を殺せそうな手段が無いのも事実だ。それに、爆発の後に生き埋めに出来ると考えればより確実性が増す。生き埋めになるのが肉腫だけとは思えないが。


 やるしかない。こうなったら賭けだ。ポーチからC4を取り出し、少しこね回して雷管をセット。こうすれば起爆装置を押すだけで爆破できる。


 C4を持って部屋を出る時、目の前の壁に掛かっている病院の案内図に気付いた。今の今まで必死に逃げ回っていた所為で気付かなかったらしい……なるほど、手術室は3階か。出来るなら案内図を持って歩きたいが、こんな大きなプレートを持ち歩けるはずが無い。集中して、頭に叩き込む。


 道順を記憶し、通路に出た俺は、一番長い通路まで静かに移動して真ん中に四角く形成したC4爆薬を置き、M500にバックショットを装填した。クリック音はまだ聞こえる。後はM500を天井に向かって撃ち、肉腫を誘き出すだけだ。


 深呼吸、気持ちを整えて、覚悟を決める。一発天井に発砲した。剥離した細かいコンクリート片が頭に降りかかり、同時にクリック音が止んだ。そして直後、視線の先、通路の角から肉腫が姿を現した。


 足を引きずり、しかし確実に一歩一歩迫ってくる。もう少しだ、起爆装置を握る手に力が籠る。


 少し、あと少し――今だ!


 起爆装置を思い切り握りしめた。小さな作動音の後すぐ、大音量の爆音と振動に襲われた。舞い上がった土煙で肉腫の姿が見えなくなった。轟音は今も続き、病院全体が振動していた。とうとう立っていられなくなり、地に手足を着いたその時、俺の真下を大きな罅が走り抜けていった。そして、床が崩落した。


 『警告、酸素が漏れています。警告、酸素が――』


 耳元で喧しく何度も何度も繰り返される言葉に気付いた瞬間、俺の意識は急速に覚醒した。


 慌てて飛び起き、酸素ボンベを背から外す。円筒状のボンベを回しながら確認すると、小さな穴を発見した。酸素が漏れる音も聞こえる。


 ポーチからダクトテープを取り出し、適当に手で千切ってから穴を塞いだ。やがて、デバイスが発する警告は止んだ。


 かなり焦ったが、目を覚ますのには役立った。デバイスを確認すると、どうも約銃分間ほど失神していたらしい事が分かった。立ち上がって防護服に穴が開いていないか確かめたが、防護服は大丈夫だった。


 上を見ると、青い空では無く暗い天井が見える。どうやら病院はあと一歩の所で持ちこたえてくれたみたいだ。肉腫はどうなった? 周囲を見回したが、目に付くのは瓦礫ばかりで、あの憎々しい肉腫は見当たらなかった。死んだのだろうか? そうだと信じたいが。


 手術室が心配だ。崩れてないといいが。M500を探したが見当たらなかったので、PX4を抜き、手術室を目指した。


 三階、手術室への道のりは困難な物だった。さっきまで通れた通路が崩壊し、何度が綱渡りの様な場所も歩いた。一気に少なくなった酸素を頼りに歩くのは不安だったが、クリーチャーの襲撃は幸いにも無かった。


 大きく遠回りするルートになったが、どうにか手術室の前に到達した。大きな扉は開け放たれており、中は完全な暗闇だった。


 ヘッドライトとPX4を頼りに中に一歩踏み入ると、先程までとは明らかに違う、何処か神聖な静謐さを感じた。ライトと拳銃の動きを同期させながら消毒室、準備室と抜けて手術室に入ると、手術台にアタッシュケースが一つ置かれていた。よく見ると、一枚の折りたたまれたメモが張り付けられている。


 セロハンテープで貼られたそれを剥して読むと、それは科学者達からの物だと分かった。予想外のアクシデントでここを捨てる事、生存者の為に血清を残しておく事、アタッシュケースの鍵の暗証番号、血清の成分などが細かく記されていた。


 メモをポーチに仕舞い、アタッシュケースの鍵に四桁の暗証番号を入れると、小さな音と共に鍵が外れた。慎重に開けると、クッションに収まった四本の試験管があった。その内の一本を手に取り、ヘッドライトに照らすと、少し蒸発してはいるが、まだ使用に耐えるであろう量の透明な液体が試験管の中で揺れ動いていた。


 やった……ついにやったのだ! 人類の未来、希望が、俺の手に収まっていた。

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