第8話 2126年 1月20日 7:30 状態:生存

 生き残るためのマニュアル


 廃墟では多くの危険が潜んでいます。

 経年劣化した金属は驚くほど脆くなっています。

 コンクリートに過度の信頼を寄せないようにしましょう。


 ◇


 今日は生憎の雨だ。眼前を覆うポリカーボネートのシールドに雨粒が当たって鬱陶しい。だが、これはビルの中では好都合でもある。音が反響して、俺が出す音をカムフラージュしてくれるだろう。


 普段使っているAK12は背中にスリングで固定してある。今俺の手にあるのは、先日武器庫で見つけた、弾道コンピューター付き自動巻き上げ式クロスボウだ。一発撃つごとにボルトを装填するのは面倒だが、クロスボウは射撃の音が非常に静かという大きな利点がある。流石に束で襲ってきたらひとたまりもないが、静かに排除するならこれ以上の武器は無い。上手く刺さったボルトを抜ければ再利用も出来るだろう。


 ビルの中に一歩足を踏み入れる。中の惨状は想像以上だった。地面には何時ものように亀裂が入り、所々に異様な形に変異した植物が生えていて、大穴が開いた壁からは雨風が入り込んでいた。一月の風と雨が入り混じって非常に寒い。戦闘服の体温管理機能が無ければとっくに低体温症に陥っていただろう。


 受付のカウンターに目を向けると、一つの固定電話が設置されていた。無駄だとは分かっているが、受話器を取ってヘルメット越しに耳に押し付ける。何の音もしない。試しにボタンを何度か押してみるが、やはり何の反応も無い。大きなショックは受けなかった。分かり切っていたことだ。


 エレベーターが二基設置されていたが、当然動いていない――百年間整備無しのエレベーターなど動いていても乗らないが――そこで当然階段を使って上る訳だが、廃墟の階段は多くの危険を孕んでいる。


 放置されて経年劣化した金属やコンクリートは恐ろしい程脆くなる。現に今、金属製の手すりに触れただけで、まるでアルミホイルのようにクシャクシャに崩れてしまった。階段も同様だ。原則、同じ段に足を置かないようにして、重心を後ろから前に少しづつ次の段に移すこと。こうすれば次の段が崩れても後ろの段に踏み留まれる。


 酷く遅い歩みだが、階段と一緒に落っこちるよりマシだ。


 無事に二階に着いたが、これから一部屋一部屋クリアリングしていかなければならない。敵はクリーチャーだけでなく、この建物もだ。俺はクロスボウのテレスコピックストックを肩に構え、一つ目の部屋に踏み込んだ。

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