第6話 2126年 1月19日 10:27 状態:生存

 生き残るためのマニュアル


 コールドスリープからの覚醒に失敗した場合、遺体は腐敗せずとも生き返る事はありません。


 ◇


 昨日、俺は飯も食わずにウイスキーをボトル半分も飲んで、ようやく睡眠を得た。     700mlのボトルだ。愚かな行為だと自分でも思ったが、そうでもしなければとても眠れそうに無かった。


 地下鉄で遭遇した化け物。俺にはあれが何なのかさっぱりだが、地下鉄で回収したノートには興味深い考察が載っていた。


 『今日で68日目だ。食料を取りに行った祐二がまだ帰って来ない。奴が持ち帰ってくる食料で生きれる時間などタカが知れているが、人々には希望が必要だ。このコミュニティでも暴動が起こりかけている。地表では放射能で変異したクリーチャー共が走り回ってるし、夜になると一層活発になる。死にぞこないを集めたこのコミュニティも限界だ」


 このノートによると、あのクリーチャーは放射能で変異した何からしい。加えて夜になると活動が活発になると。そう言えば、昨日奴らは地下鉄の外までは追って来なかった。奴ら日光が苦手なのか? 馬鹿げた話だ。アイ・アム・レジェンドかよ。


 それと、Mrドッグフードはこのコミュニティから来た可能性がある。彼が祐二かどうか知らないが、あのメモを渡した本人がノートを書いた人物ということも考えられる。


 まあ、どちらにせよ下らん予測だ。彼らは死んでいて、俺以外の人類を未だ発見できていないのだから。


 今日は地表探索を行う気は無い。今日の予定は、未だコールドスリープし続ける彼らの遺体を焼却して、シェルター内の整理をする。彼らが目覚めることは無い。だったら、安らかに眠らせてやるのが俺の責任だろう。


 コールドスリープ装置部屋に来るのは目覚めて以来だ。アクリルの覗き窓から見る彼らの顔はとても死んでいるようには見えない。本当は生きているんじゃないか? もう少し待てば目が覚めるんじゃないか? そんな考えが頭を過るが、彼らと繋がった心電図はずっと平坦な一本線を描き続けている。生物学的に、彼らは死んでいるのだ。


 5人の遺体を外に運ぶのは骨の折れる作業だったが、漠然とした使命感が俺を動かした。


 彼らの遺体を等間隔で並べ、ガソリンを掛ける。ライターの火を灯して、ガソリンに近づける。一瞬躊躇ったが、これ以外の道は無い。俺はガソリンに火を点けた。


 みるみるうちに火は燃え広がり、5人の遺体を包み込んだ。黒い煙が天高く昇って行く。それは彼らの魂が天に召されているようだった。


 誰か、この煙を見ている人間はいるのだろうか。


 彼らの遺灰を壺に入れて、シェルターの一角に纏めて置いた。彼らの魂に安らぎが与えられたことを祈る。


 ◇


 今日、彼らを葬った。燃える遺体と漂う蛋白質の匂い。

 俺が死んだら、誰かが葬ってくれるのだろうか?

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