終わらないトキョウソウ

オオムラ ハルキ

運動会の曲


大人になった今

心はもう悲鳴をあげているのに体が全く言うことを聞かない

子供だった昔

体はもう悲鳴をあげているのに心が全くいうことを聞かなかった


 運動会は小中高とひどく憂鬱だった。だって私はノロマで運動音痴だったから。私みたいなスポーツ全般が苦手な人は大抵、綱引きとか玉入れとかの量で勝負のその他大勢枠に入れられるか、一人当たりの得点割合が低い徒競走に駆り出されるかの二択だ。クラスのいわゆる明るい人々の大体が運動神経に長けている。だけど、そういうスペックの高い人々は人数的に少数で、圧倒的に稀だ。運動会の花形競技と呼ばれる徒競走の枠が空いてしまうのはそういう彼らの希少さも起因していると個人的には思う。量産型女子とかいうのが流行ってたらしいけど、こういう能力値の高い人々を量産して量産型◯◯という風にしたら、私の周りは、いや、世界は安泰なのではなかろうかと思ってしまう今日この頃。


 私は運動神経だけでなく、あろうことかくじ運も悪い。徒競走にかり出される罪のないモブ…基、徒競走の余った数枠を決めるくじ引きで己の不運さを露呈させてしまう残念な子。もう何度目だろうか…クラスの雰囲気が心なしか少しドヨンとするのは。私だってなりたくてなったわけじゃない。くじじゃなくて誰か足の速い子を推薦するとかなんとかしようよそう思うなら。世界は理不尽だ。


 運動会で大定番の天国と地獄が流れる。そう、通称運動会の曲、徒競走が始まる合図。本当にしんどい。もうしんどすぎて頭の中で勝手にこの曲をリミックス版にして遊んでる。つまり簡単に言いかえれば、この50メートルを走りたくない。

 招集がかかってしまった。心が痛い。きりきり痛い。誰もはなから期待なんかしてないのはわかっているんだけど、それにしても場違いが過ぎるよ。


位置についてよーいドン


心はゴールへ一直線、そして1着でフィニッシュ。でも体は悲鳴をあげていて重い体を必死にゴールへ向かわせている途中。ゴールから心が、早く速くと私を急かす。いや、無理やねん…。足を一歩ずつ前へ出して出して出して出してまだなお着かないゴール。これ、50メートル以上あります?息もめちゃめちゃ切れてきて顔もめちゃめちゃブサイクになる。これじゃ公開処刑だ。それでもなお、心の暗躍は止まらない。私の体を急かしてばかりで実際何もできないくせに。早く大人になりたい。そしたら運動会も徒競走もないでしょ?










 後数分で終電が行ってしまう。それでもなお、終わらない仕事。週の残業時間は木曜日にはとうにマックス値を示していて私の厚塗りのファンデーションにも亀裂が走る。泣いたってわめいたって仕事は仕事だ。逃げも隠れもしない、消えてもくれない、それが仕事。意識が飛ばないように最新の注意を払いながらパソコンに向かう。心はもうない。可愛いあの子は周りからちやほやされて普通の仕事量で倍褒められる。定時が来たからと帰っても誰も何も責めない。彼女の仕事量自体がなぜか普通の量で、既に定時には終わっているから。…所詮顔、か。

  ノロマな性格は変わっていない。だからこそ残業が確定してしまうという面もある。でも、それでも死んだ心の手前、体は疲れを通り越して一生懸命カタカタカタカタ動く目と肩と背中の痛みを伴って。終わらないけどゴールが見えた徒競走はまだ、楽だったかもしれない。この都会で、こうして屍のまま働く、いわば都競争に比べれば。


徒競走、都競争、トキョウソウ


私はずっと走ってる。

頭の中であの運動会の曲をリミックスにしながら。

ずっと、ずっと走ってる。

終わらないトキョウソウを。

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