三十万の瞳




 世界王も、王妃も、国守も、みながみな、同じことしか言わない。

 国民の訴えには、是。

 わたくしの答えには、否。


 

 決定権を持つ世界王と王妃は半年ずつ交互に玉座に座り、三百三十六人いる国守は一年ごとに全員入れ替わる。

 威風堂々。

 内剛外柔。

 世界王も、王妃も、国守も、みながみな、国政を担うにふさわしい立ち振る舞いをしている。

 わたくしとは違い。

 いずれ王座に就くという重圧に耐えられずに、顕著に表れる情けなさ。

 失言さえ出せない開かずの口。

 小刻みに震えて、赤面に染まる身体と心。


 わたくしの答えに否を淡々と述べる時の彼らの瞳に空虚さを感じるのは、後継者としてふさわしくないからだと思っていた。

 いつからだろう。

 それだけではないと感じ始めたのは。

 議論を一言も交わさない彼らに異様さを感じ始めたのは。


 議会に立つ彼らがすべきことはたった一つ。

 国民の訴えに、是と答えることだけ。

 三百三十八人全員が全員、この言葉だけしか発さないのだ。













 干からびて日光を反射できない鱗。

 ところどころ毀れている爪。

 微風さえ透してしまう翼。

 流れ続ける紅の涙。

 上下左右にと定まらない飛翔。

 身体を脱ぎ捨てて念願の竜になったにもかかわらず、情けない姿に身体だけでは足りなかったのかと、口の端とともに視線も下げる。


 視界に入るのは、およそ三十万の眼球。

 三十万の国。


 百万の国民がおのおの幸福に過ごせるようにと創造されたのは、国という名のシェルター。

 国民の訴えにより、世界王と国守の承認を得て望む通りの国を創り、国民はその国に住みたいものだけを入国させることができる。

 三十万の国。

 一人だけの国もあれば、夫婦だけ、家族だけ、親類だけ、友人だけ、夫婦と友人、近所といった複合したものたちの国もある。

 出入国は自由で、出て行きたいのならば出ていける。

 出て行きたいものを引き止めたいものは、そういない。

 その人物のクローンが己の国に残っているから。

 クローンに繁殖能力はないので、子孫は残せないが、それでも構わないとい人が半数を占める。

 望むものはすべからく手に入り、争いは消え、犯罪もなくなった。

 平和で幸福な世界。






 三十万の眼球は、常に眼を中心に据えている。

 全方位捉えられているので、動かす必要がないのだ。


 動かす必要が、ないのだ。


 


 己の意見は必要ない。

 国民の訴えを叶えるだけの人形。

 なのにどうしてこんなに、こわばる必要があるのか。




 自由を得たはずなのにどうしてこんなに。



 

 疑問が尽きない姫の視界には今、眼球の合間にぽつりぽつりと点在する、木や石や布、さまざまな材質で作られている小屋もまた、入っていた。 










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る