山の子 第三章(1-17)

 香春でのあらましを語り合う間にも、時次は戦場である六台山の様子を探るために、複数の物見を発していた。彼等から順次に復命があった。予想の通り、<悪党>同士の合戦は再開されていた。更に、昨夜の早馬で報じられたよりも多数の<悪党>が集まっていること、妖討使が山から東方に一里程隔たった地点で、探題勢の到着を待っていること等が判明した。


 速度を落として行軍する探題勢に、続々と武士が合流していた。御家人の当主自身が参加する家もあれば、事情があって名代を差し向けた家もある。時次の弟で真原の守護所に詰めている横山時良ときよしと一族の河俣時連かわまたときつらも、三百の軍勢を仕立てて馳せつけた。

 時良は麾下の軍勢を後方に残したまま、二人の従者を連れて時次の前に現れた。乗馬は栗毛。鎧は兄同様に大鎧だ。


「兄上、道中馳せつけられた方々が、着到状ちゃくとうじょうへの証判を求めておられますが」

 挨拶もそこそこに、参集した武士達の要求を伝えた。彼等は同腹の兄弟で、年齢も三歳しか違わない。細い顔もよく似ている。

「もうしばらく進めば、山が見えてくるだろう――」

 日出側から北陸道を経由すると、途中まで六台山は他の山々に隠れて見えない。六台山から最も近い薪男まきお山の麓を過ぎれば、一面の草原の向こうに上山本の村と六台山が望まれるはずだ。

「一旦そこで足を止め、着到状を検めるつもりだ」


 軍勢催促を受けた武士達は、後日の恩賞請求に際して証拠書類となる着到状を提出する。一軍の大将は、提出されたそれに「承了」(承りおわんぬ)等といった文言を書き付け、花押を据え、提出者に返却する。


「いよいよですな。聞けば、昨日よりも<悪党>の数が増えておる由。西洲の<悪党>は平場では騎馬に駆け散らされますが、山に上がると随分粘りまする」

「それに加えて妖よ。手分けは粗方決めておるが、どうなるやらわしにも分からぬ」

 横でそれを聞いていた春日憲秋のりあきが笑ったが、すぐに顔色を改めた。

「それで、軍勢の手分けは如何いかに?」

「まずは全軍で村に押し寄せ申す。相手は合戦の最中だ。まともに抵抗できまい。<悪党>を追い散らした上で、そこに一手を置く。これが我等の陣。そこから右手には緩く傾斜があって、丘になっておる由。その頂きを春日殿に押さえてもらいたい」

「本陣の右翼ですな。承った」

 憲秋が頷く。

「それから、在京中であった秋月大夫判官たいふはんがん殿がおられる。彼の仁に一手を任せ、左翼に。そちらには、山麓をかすめて流れる川がござる由。この川を前に当て、川向うから牽制し、必要とあらば諸方への助勢を願う」


 遠く前方から近付く騎馬武者の姿が目に映った。物見だろうか。それを見ながら時次は続けた。


「最後の一手は、先頃到着の下原留しもばる刑部少輔ぎょうぶのしょう殿。下原留殿は山の東方に廻り、妖討使と合流して頂く。この方面に軍勢があれば、朝来あさきの湊までの道を押さえることができ申す。<悪党>共が逃げようと思えば、海は捨てて陸路を行くしかなくなりますな。それにしても、下原留殿は急遽参られたそうだが、それでも二百騎の軍勢を従えておられました」


 時次が感心した様子で言った。時良も同様にして頷いている。

 憲秋が眉廂まびさしを掴んで兜の位置を直しながら言った。

「今朝知らされてすぐに二百騎を出されるとは。流石、立花殿の御一門ですな」

 その言葉に頷きながら、時次は前からやって来る騎馬武者を見ていた。段々と顔が分かり始めた。

「宮木の太郎だ」

 時良が呟いた。宮木左衛門太郎は、時良の被官だ。


 昨夜、真原の守護所から飛んで来た左衛門太郎に、時次は香春で一日休むよう命じたが、強く従軍を望んだのである。時次が物見を出したと知るやそれにも志願し、許されると先発の後を追って走った。馬の扱いには自信があるらしい。

 左衛門太郎は速度を落とさずに隊列に駆け込もうとしたが、時次の馬廻りの被官に制止され、手綱を引いて鞍から飛び降り、時次達に駆け寄った。


 ――大した体力よ。弟も良い被官を持ったものだ。

 左衛門太郎は三人の馬側に畏まると、一礼して物見の結果を報告した。

 その内容は時次達を驚愕させた。


 時次はこのまま進軍するよう命じ、時良・憲秋と共に馬を走らせた。左衛門太郎の他、数名の武士が三人の後に続く。何事かと慌てる先陣を追い越し、馬に鞭打って薪男山の麓を疾駆する。東洲出身の時次は、馬術にも一家言あった。山からはみ出して広がる雑木林を巧みに走り抜け、ぐんぐんと一騎前に出た。

 遠景を遮る山の緑が視界の外に消えると、時次は思わず手綱を引いた。馬がいなないて前脚を撥ね上げる。


「あれは何なのだ…」

 草原の向こうでは合戦が行われていた。それは予想していたし、物見からも聞かされていたことだ。時次を唸らせたのはそれではなかった。

 追い付いた時良達も、初めて見る光景に言葉もなかった。

 異変は天と地にあった。

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