12話

 いくつもの目が、私を見ている。これから起こる惨状を、見逃すまいと。


 オピュキスさんの時と同じように、私は太く大きな木製の柱に縛り付けられた。手も足も動かせない。

 私はこのまま、殺される。


 私の下で並ぶ制服の男達。その一人が持つ、あの槍で刺されるのかな。

 それとも、火炙りの熱で死ぬのかな。

 近い未来の景色を、他人事のように思い浮かべる。


 制服の男達の中心に、一際豪華な服を着た白髭の老人がいる。あれが、教皇とかいう人ね。

 その老人が、民衆に向けて声を発した。

「この者は、異端なる術を使う魔女の仲間! しかし安心されよ! 我らがこの場で、浄化を行う!」

 民衆は熱狂の渦に包まれた。

 声を上げ、手を挙げ、何か物を投げ上げる。私を「殺せ」と。

 足元の枯れ草に火がつけられる。パチパチと音を鳴らしながら、火は広がる。私の足元は、めらめらと燃え盛る炎に包まれた。


 熱い。痛い。苦しい。


 炎の熱に加えて、黒煙が全身を覆う。まともな呼吸ができそうにない。


 死ぬ。


 そう思った私の目に映ったモノ。

 揺らめく黒煙のその先に、民衆のさらに向こう側に、一人の姿。

「ダメだよ……アネモネ」


***


 懐かしい景色だった。

 普通の人間にとって、随分な時間が経ったはずだ。


 それでもこの街は変わっていない。

 レオに石を投げつけた、あの頃のままだ。

 自分達と違うモノを、理解できないモノを排除する。

 そのための行動を、正しい行為だと思っている。


 炎の中心に立てられた柱。そこに縛り付けられているのは、マリアだ。


 私だって、理解できない。

 私だって、この人間達とは違う。

 でもこれを、正しいだなんて思ってはいない。


 私は歩き出した。マリアに向かって。

 大丈夫、助け出すよ。


 他に何を、犠牲にしても。


***


 異様な風を纏いながら、近付いてくるその女性。

 民衆は気付き、道を開ける。

 制服の男達が、何事かと構える。


 アネモネ。

 ダメだよアネモネ。

 私が止めるって、約束したんだ。

 あなたは優しいから。

 誰かを傷つけたりなんて、したくないんだ。

 誰かを傷つけたりなんて、させたくないんだ。

 私のために、そんな思いをしないで欲しいのに。


***


 全部私のせいだった。

 マリアも、レオも、他の皆も。

 私が生み出してしまった存在。

 私が生み出してしまった歪み。


 私がいなければ、彼女達が苦しむことはなかったんだ。


***


「何者だ!」

 男が叫ぶ。

 アネモネは、足を止めた。


***


 私がいなければ、彼女達が苦しむことはなかった。

 こいつらがいなければ、彼女達を苦しめることはなかった。


***


 私のせいだ。

 アネモネにまた、こんな思いをさせてしまう。


***


 私がいなければ。


***


 私がいなければ。


***


 私は風をかき集めた。


***


 アネモネの髪が、風になびく。


***


 私は皆とは違う。

 マリア達とも、こいつらとも。


***


 アネモネの左目が輝く。美しく、不気味なほどに。


***


 私は、そうだ、私が——



「私が”魔女”だ」



 私の答えに反応する間も無く、人々は空へと吹き飛んだ。

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