5話

人々は、アネモネとレオから遠ざかり、ついには散り散りになりました。

 二人はリブラの工房に戻ります。そしてレオは、今起こったこと、これからのことを話します。

 この街から離れる、決意を。


***


「私達、一緒に行くっていうのはどうかしら?」

 マリアが頭を突き出して言う。後ろに結んだ長い黒髪がふわりと揺れた。

「ほら、仲間は多いに越したことないでしょ? 私達も行くあてなんてなかったし……」

 そこまで言ってから、マリアは私の顔色を伺う。私は小さく頷いた。

 生きてきた時間、不思議な力、私達は紛れもなく、”同類”だ。

 レオは「構わねぇよ」とうなじを掻く。ジータとアリエスが、その両脇で頷いた。


「俺らにも行くあてはねぇ。そんな行き当たりばったりの旅路に……」

 レオは懐をごそごそと漁る。

 彼女が取り出したのは、布で包まれた貨幣だった。

「丈夫な靴が欲しいな、少年」

 そう言うとレオは、リブラの目の前に、持っていた全ての貨幣を差し出す。

「えっ」

「俺が踏んづけちまったのはこれか? ちょっと歪んでるけど、まだ履けるよな」

 狼狽えるリブラをよそに、レオは側にあった靴の山から一足、手に取った。それは確かに、あの時レオに踏みつけられたモノだ。

「丈夫さは折り紙付きだな、コレにするよ」

 レオはにやりと笑う。リブラは差し出された貨幣を見た。

「ちょっと待って、この靴はこんなに高くないよ。値段は……」

 言いかけたリブラの手に、レオは貨幣を包みごと握らせた。リブラの小さな肩にそっと手を置く。

「旅立ちは身軽な方がいい。貰ってくれ」

 レオは手にした靴に足を通した。

 放心するリブラに、ジータがこっそり耳打ちする。

「それはレオが昔にちゃんと稼いだお金だから、安心して」

 それから、少し溜めて付け加える。

「お願いの報酬だと思って」


 マリア、レオ、ジータ、アリエス、そして私は、街の外に足を向けた。リブラは「ゆっくり歩けよ」と言うとどこかに行ってしまった。視界の端で、マリアが微笑む。

「彼にお願いしたことがあるの」


 人々は私達に近づこうとはしなかった。忌避しているのか、恐怖しているのか。どっちにしろ、私達には都合がいい。

「この街には随分長くいたなぁ」

 レオが空を眺めながら、ぽつりと言った。

「力仕事は得意だったから、大昔はそりゃ重宝されたんだよ。運び屋、解体、建設……」

「……あと、鐘か」

 レオがくるっと振り替える。視線の先に、立派な鐘が見える。下は教会だろうか。街の中心と思われる位置にそびえ立つその鐘は、それでもどこか、親しみを感じさせる。

「“波紋の鐘”っつってな、いい音が鳴るんだ。穏やかな水面に波紋が大きく広がるように、平和な世ほど鐘の音は広く届く……」

 私の横で、マリアがくすくす笑った。

「その鐘、もうすぐ鳴るわよ」

 レオはきょとんとする。

「私達の旅路の、平穏を祈って」

 マリアが微笑んだそのとき、波紋の鐘は鳴り響いた。


 その音色は、水面のように薄く透き通り、身体を突き抜けて心の内側に響く。 

 足元から伝わる揺らぎは、ゆりかごのように暖かい。

 平和な世を願う波は、青空を伝い、はるか遠くの山の向こうへと広がっていく。

 ゆりかご。

 私にとってのそれは、あの“木”だった。

 老人と出会った場所。

 幾度もの季節を越えた場所。

 マリアと出会った場所。


 私もレオと同じだ。生まれ育った場所から離れていく。

 嫌な思い出とも、離れていく。

 この足で。リブラの作った靴を履いて。

 巡り逢えた、“同類”と一緒に。


「綺麗だね」

 私の口からこぼれた言葉に。

「そうだろ」

 レオは目を細める。


 私達は再び歩き始める。

 行くあてもなく、何も持たずに。

 遠く離れていく鐘の音は、まだ微かに響いている。


 人よりも長い時を過ごした。人には使えない力を使った。


 私達はきっと、人間ではないのだ。

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