~真相~


 目を覚ますと、もう見慣れてしまった天井が見えた。



 朔夜の……マンション……。




 眠ってしまう前の記憶をゆっくり思い出す。



 十六夜は……死んでしまった、よね……?



 死の瞬間は見ていないからはっきりとは分からない。


 でも、最後に見た十六夜は……。





 ……何だろう。


 妙な気分だった。



 十六夜の死を悲しんでいる訳じゃない。


 でも、死んで当然だとも思えない。



 今でも憎んでいるのは変わりないのに、それだけじゃない感情があった。


 理由は分かってる。



 あの日のことを、思い出してしまったからだ……。



 思い出して、理解出来てしまったからだ。


 十六夜の涙の訳を。




 彼は、本当にお母さんのことが好きだった。


 だからこそ自分を拒んだお母さんを憎み、殺した。



 そして、愛した人を殺してしまったかなしみと絶望が、彼自身を狂わせていたんだ。




 当時理由も分からなかった私は理解できなかったけれど、今なら分かる。


 ……分かってしまった。




 恋した人に拒まれることで愛が憎しみに変わってしまう気持ちも。


 その憎しみから相手を殺してしまっても、それでも尚愛しているため狂ってしまう気持ちも。



 実際に体験した訳じゃなくても理解出来てしまった。




 私もそれほどに恋し、愛せる人を見つけてしまったから……。




「……」


 私はゆっくり上半身を起こし、小さくため息を吐いた。



 すると、丁度その時朔夜がベッドルームに入って来る。



「朔夜……」


「ああ、起きたか」


 そう言って近付いて来た朔夜に、私は静かに聞いた。



「十六夜は?」



 すると、朔夜は眉を寄せて私をベッドに押し倒す。




「もうこの世にいない奴の存在など忘れろ」


 その言葉で、十六夜が死んだと言うことがはっきりした。



 やっぱり、死んだんだ……。



 予測は出来ていたから衝撃は無い。


 ただ、もう生きてはいないんだと実感しただけ。



「静かだな。獲物を取ったと不満を言われるかと思ってたが……」


 そう言われて、それもそうだと思った。



 十六夜は協会に引き渡そうと思っていた。


 生きて、相応の罰を受けて欲しいと。



 前ほど十六夜を憎んでいない今では尚更そう思えた。


 そう思えたら、朔夜の言う通り不満が募って来る。




「やっぱり、不満か? だが、俺は奴を殺したかったんだ。お前の手をわざわざ汚させる気も無かった」


 ムスッとした私に、朔夜は顔を近付けてくる。



「わがまま……」


 唇が触れる前に、そう言ってやった。



「そうだ、俺はわがままだからな……だから、お前の全てが欲しいと言ってるんだ」


 そして、唇が触れ合う。


 私は自然と目蓋を閉じ、朔夜に身を任せた。



 朔夜の唇が私の唇をついばみ、徐々に下へ下がる。


 喉に痕を残しながら、首筋へと到達した。



 覚えのある場所に息が掛かり、思い出す。



 朔夜との約束を……。




 心も身体も朔夜のものになって、彼に命も吸い取られるはずだった。


 それを十六夜のことが解決するまで待ってと言ったのは私。


 十六夜が死んでしまった今、もう拒む理由は無い。



 首筋を一舐めした朔夜は私に問いかける。


「覚悟は出来ているんだよな?」



 そんなの、もうとっくに出来てる。



「うん」


 時間が経つと迷ってしまいそうだから、私はすぐに返事をした。



 牙があてがわれると、受け入れるという意思表示に朔夜の首に腕をまわした。




 次の瞬間、覚えのある痛みを感じる。


 二度目でも、痛いものは痛い。



「くっうぅ!」


 私は痛みを堪えるために、呻き、朔夜の肩に爪を立てた。



 前と同じ様に、痛みは少しずつ消えていく。


 朔夜の手が私の身体に直に触れてきて、まるで抱かれているみたい。




 そうだね朔夜……最後の瞬間まで触れていて。


 私の感触、覚えていてね。



 吸われる血と共に、薄れゆく意識の中でそう思った。






 もう本当に終りだと思った次の瞬間、首筋の咬み痕部分に今までと違う感覚を覚えた。


「っ!?」




 吸われるのとは真逆。


 何かを入れられるような感覚。



「な……に?」


 えもいわれぬ感覚に、私の体は震えた。


 朔夜はそんな私を押さえつけるように抱きしめる。



 入れられた何かは、じわじわと私の体の中を侵食していく。


 今度は別の意味で意識が消えかけた。



 中に入ってきた何かが、私を変えていく……。



 




 気付くと、私は朔夜の腕の中にいた。


 初めての夜と同じく私の頭を優しく撫でている。




 どう、なったんだろう……。


 私は、朔夜に殺されるはずじゃなかったの?



 私は、何で生きているの?




「どうして……?」


 疑問を口に出し、その自分の声が耳に届いてやっぱり自分は生きているのだと実感した。



「私の命も、奪うんじゃなかったの?」


 きっと、捨てられた子犬のような目をしていたと思う。



 私の命は、いらないの?


 全てが欲しいと言ってくれたのに……。



 


 朔夜は私の頭を撫でながら答えた。



「命も欲しいが、もっと欲しいものが出来た」


「……何?」


「時だ。お前が生きて死ぬまでの時間」



「……え?」



 それって……。



「俺と共に生きろ。死ぬまで……いや、死んでも離さない」


 そう言って、触れるだけのキスの後朔夜は囁いた。





「愛してるよ、望」





 涙が、溢れる。



 愛してる……その言葉が、朔夜の口から聞けるとは思っていなかった。



「私も」と言った声は、ちゃんと朔夜に聞こえただろうか?


 涙声だったから、聞こえなかったかな?



 でも、それでも良い。


 これから、何度でも言えるから……。





 涙が収まってくると、ある疑問が浮かんできた。



 殺すつもりじゃなかったのなら、何故血を吸ったのか。


 吸った後の何かを入れられるような感覚。


 アレも謎のままだ。



 そしてもう一つ。


 さっきから何故か体が思うように動かせない。



 ……どうして?



「ねえ、朔夜? 殺すつもりでなかったんなら、さっきは何をしたの?」


 取りあえず、一番疑問に思うことを聞いてみる。


 ただ血を吸ったというにはおかしすぎた。



 でも、この質問の答えは全く予想していないもの。


 私は、本当に死ぬほど驚くことになった。





「ああ、お前を吸血鬼にしたんだ」


 さらりと、言った。













「っええぇえ!?」


 私はたっぷりと間を開けておきながら、そんな素っ頓狂な叫びしか出せなかった。



 驚いたままの状態で固まっている私に、朔夜は説明してくれた。



「さっきは俺の血を注入したんだ。知っての通り、少量なら配下になるだけだが、約三分の一を吸い取って入れ替えると吸血鬼にすることが出来る」


「これは知らなかっただろう?」と何故か得意気に話す朔夜。



「吸血鬼の血の方が強いからな、他の三分の二もあっという間に吸血鬼の血になる。そうすれば血だけでなく体も生命力も徐々に吸血鬼のものになる。まあ、体の方は完全に吸血鬼になるまでまともに動かせないがな」


 最後の疑問もこの言葉で解決される。



「つまり私は、もう吸血鬼になっちゃってるってこと?」


 体は動けないという以外に大きな変化は見られないけど、朔夜が冗談を言うとも思えない。


 私は、最終確認としてそう聞いた。




「ああ、そういうことだ」


「っ……!」


 私は動けないまでも朔夜の腕の中でフルフルと震えた。



 悲しいんじゃない。


 ましてや寒いわけでもない。





 怒りだ。



「何勝手な事してんのよーーー!」



 先ほど「愛してる」と言われて嬉し泣きしていたのなんて何処へやら、私は怒りに任せて怒鳴った。




「私、死ぬ覚悟はしてたけど吸血鬼になる覚悟はしてないわよ!?」


「死ぬ位の覚悟があるんだったら吸血鬼になるくらいどうって事ないだろう?」


 怒り狂う私とは逆に、朔夜は落ち着いている。


 それがまた私の怒りを増幅させた。



「どうってことあるわよ! 大体最初にゲームだって言って命奪うって言ったの朔夜じゃない! 最後の最後まで吸血鬼にするなんて一言も言わないで!」


「言ったら断られると思ったからな。それにゲームなんてのはただの言い訳だ」



「言い訳?」


 聞き捨てならない言葉に私は眉を寄せた。



「ああ、俺がお前に飽きてしまわない様にするための言い訳だ」



 朔夜はちょっと顔を逸らしてバツが悪そうに説明する。


「お前を俺に惚れさせる自信はあったからな。でも、すぐに両想いになっても飽きてしまう。だからそうならないように殺すとか言っただけだ」


「なっ……」



 じゃあ最初っから殺すつもりなんてなかったってこと?



「私一人で悩んで馬鹿みたいじゃない!?」



 ってか馬鹿だ。



「朔夜、悩んでる私見て笑ってたんでしょう!?」


 悔しくて涙が出てきた。


 今日は色んな涙を流している気がする。



 でも、朔夜はそんな私に――。


「いや、むしろ色っぽくてそそられたが?」


 なんて恥ずかしいことをさらりと言ってくれる。



「んな!?」


 私は今度は赤くなって黙ってしまった。



「俺の血を分けたんだ。お前の寿命も長くなってるはずだ」


 朔夜は黙りこんだ私をまた抱き寄せ、優しく語り出した。




「お前は俺と共に生きるのは嫌か?」



 卑怯だ。


 嫌なわけない。



 分かってて、聞いてきてる。



「嫌なわけ、ないじゃない」


 ムスッとしながら答えた。




「愛してるよ、お前が俺を想うよりずっと」


 その言葉は、素直に嬉しかった。


 でも、朔夜にしてやられた気分で悔しかった私は反論する。



「それはないわ。私の方がずっと朔夜のこと想ってる」



 反論が予想外だったのか、朔夜はちょっと驚いた顔で私を覗き込んだ。


 そして、ニヤリと楽しそうに笑う。



「じゃあ、勝負するか?」


 朔夜の言葉に、私もニヤリと笑う。



「ゲームね?」



 どちらともなしに声を上げて笑い出し、唇を触れ合わせた。





 どちらがより相手のことを想っているか。


 そんなの、決着なんかつくわけない。



 だからこれは――





 終わりのない。



 ラブゲーム――。

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